2026.07.10
海外便り№20 矢ヶ崎怜さん (University of Michigan (MCDB))
矢ヶ崎怜さん
Postdoctoral fellow, University of Michigan (MCDB)
Postdoctoral fellow, University of Michigan (MCDB)
はじめに、このような執筆の機会をいただきました発生生物学会に感謝申し上げます。ミシガン大学分子・細胞・発生学部(MCDB)Huycke研究室にてポスドクをしております矢ケ崎と申します。昨年5月に研究室にジョインし、ちょうど一年が経ちました。私自身、これまで海外だよりを楽しく拝見しておりましたので、拙い経験ではありますが、どなたかの参考になればと思い筆を執らせていただきます。
簡単に経歴をご紹介しますと、学部時代は県立広島大学生命環境学部の菅裕教授のもとで、単細胞から多細胞への進化の理解を目指し、両者に共通して存在する遺伝子が単細胞生物において果たす機能の解析に取り組みました。その後、発生生物学に興味を持ち、修士・博士課程では京都大学理学研究科の高橋淑子先生のもと、ニワトリ胚を用いた腸の蠕動運動研究を行いました。この研究を通して定量的計測手法に関心を持つようになり、博士取得後は金沢大学ナノ生命科学研究所の奥田覚准教授のもと、最新の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて神経細胞内構造の力学特性の計測を行いました。そして現在はHuycke博士のもと、再び腸の研究に戻り、マウス胚を用いて腸上皮構造がどのように形作られるのかについて、遺伝学的・力学的アプローチの両面から研究しています。
Huycke研究室では、消化管上皮の発生と再生の原理を遺伝学および力学の両面から統合的に理解することを目指し、日々研究に取り組んでいます。2025年1月に立ち上がった新しい研究室で、私は最初のポスドクとして加わりました。2年目となった現在は新たに2人の博士課程学生が加わり、計6名の研究室となりました。また、数名の学部生も研究活動に参加してくれています。人数が増えたことで新たなルール作りが必要になったり、それぞれがラボ内で役割を担うようになったりしています。また、ジャーナルクラブの進め方や頻度なども含め、新しい研究室だからこそ様々なことを皆で相談しながら試行錯誤しています。研究室の立ち上げ期に参加できたことは、私にとって非常に貴重な経験になっています。
自身の研究では、大腸陰窩の構造形成機構について、トランスジェニックマウス胚を用いて研究しています。器官培養やライブイメージングに加え、ナノインデンテーション試験による力学計測などを組み合わせながら、遺伝学的・力学的な両側面からその理解を目指しています。また現在は、組織構造の定量解析にも取り組んでおり、最適な手法の検討を進めています。
Huycke研究室に加わることになったきっかけは、修士・博士課程の指導教員である高橋先生にご紹介いただいたことでした。論文リビジョンのため高橋研究室に戻って実験していた際、「ポスドクを探しているらしいよ」と声をかけていただきました。海外で研究することについては、先生方からお話を伺う機会も多く、以前から漠然と挑戦してみたいと思っていました。PIの研究テーマは同じ「腸」を対象としており、以前から論文も拝読していたため、新たに研究室を立ち上げると聞いた際には非常にワクワクしたのを覚えています。これまでの解剖学的操作の経験やAFMの経験を評価していただき、幸いにも研究室に参加することができました。
また個人的に大変幸運だったと感じているのは、PIの研究室立ち上げ資金によって雇用されたことです。現在のアメリカでは研究予算を取り巻く状況が厳しく、自身でフェローシップや外部資金を獲得することが求められるケースも少なくありません。そのような状況の中で、立ち上げ期ならではの環境で研究を始められたことは大変恵まれていたと感じています。
さて、そのような充実した研究生活を送っているミシガン大学ですが、ミシガン州アナーバーという大学街にあります。デトロイト空港から車で30分ほどの場所にあり、リスやウサギ、色鮮やかな鳥などをよく見かける自然豊かな環境です。大学街ということもあり、比較的安全で落ち着いた雰囲気があります。ローカルのコーヒーショップも多く、最近はカフェ巡りにはまっています。夏は非常に過ごしやすく、朝晩は涼しいため、あまりエアコンを使う必要がありません。一方、冬は非常に厳しく、気温が−20℃を下回ることもあります。ただし除雪体制が整っているため、意外と問題なく生活できます。また、アメリカでは車が必須というイメージがありますが、実は私はまだ車を所有していません。研究室まで徒歩圏内に住んでおり、街中や郊外の主要なショッピングセンターへ向かうバスも充実しています。大学のカードがあれば無料で利用できるため、今のところ大きな不便は感じずに生活しています。
このように恵まれた環境の一方で、海外での研究生活における大きなハードルの一つは、やはり語学だと思います。私自身、もともと英語は得意ではありませんでしたが、発生生物学会年会の英語化をきっかけに英語を意識するようになりました。国際学会など英語を使うたびに自分の力不足を実感し、そのたびに必要に迫られる形で勉強してきました。実際に現地に来てみると、「意外となんとかなるな」と感じる一方で、「もっと伝えたいことがあるのにうまく言えない」というもどかしさもあります。日常生活では教科書には載っていない表現を耳にすることも多く、地域ごとの話し方の違いや個人の話し方の癖など、言語の奥深さを実感しています。また、文化的背景や地理的な知識が十分ではないため、会話の内容を完全に理解することの難しさを感じる場面も少なくありません。
それでもこの一年、研究室内でのコミュニケーションだけでなく、大学主催の英会話サークルや地域の人とのパブリックスピーキングの会にも積極的に参加してきました。一年ほど経った頃にPIから「成長したね」と言ってもらえたときは、ほっとすると同時に、まだまだ頑張らなければと気が引き締まりました。また、英語が母語の人であっても「唯一の正しい英語」があるわけではないことを、地域の方との交流を通して教えてもらいました。せっかくの機会ですので、学べるものは何でも吸収しながら、様々なバックグラウンドを持つ方々との交流を楽しんでいきたいと思っています。
さらに、異国での生活を支えてくれるコミュニティの存在も大きいと感じています。MCDBには私を含め現在3名の日本人ポスドクがおり、地域にも日本人コミュニティがあります。英語に疲れたときや、異国での生活に関する悩みを相談したり、日本食が手に入る場所などの情報交換をしたりしています。日本にいるときにはあまり意識しませんでしたが、異国の地で日本人同士が交流し、ほっと一息つける場があることのありがたさを改めて感じています。
このように、ミシガンでの生活は研究面・私生活の両方において新しい発見と挑戦の連続ですが、周囲の温かいサポートに支えられながら充実した日々を送っています。ラボの立ち上げという貴重な経験や、異なるバックグラウンドを持つ人々との出会いは、何物にも代えがたい財産になっています。振り返ってみると、私自身に明確な将来設計があったわけではありません。その時々で目の前の研究に真剣に向き合い、発表の機会があれば積極的に挑戦し、多くの方々とのご縁や支えに恵まれた結果として、今回の海外留学につながったのだと感じています。私の経験が、新しい環境への挑戦を考えている方にとって、一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
末筆ではございますが、日本発生生物学会の益々のご発展と、会員の皆様のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
簡単に経歴をご紹介しますと、学部時代は県立広島大学生命環境学部の菅裕教授のもとで、単細胞から多細胞への進化の理解を目指し、両者に共通して存在する遺伝子が単細胞生物において果たす機能の解析に取り組みました。その後、発生生物学に興味を持ち、修士・博士課程では京都大学理学研究科の高橋淑子先生のもと、ニワトリ胚を用いた腸の蠕動運動研究を行いました。この研究を通して定量的計測手法に関心を持つようになり、博士取得後は金沢大学ナノ生命科学研究所の奥田覚准教授のもと、最新の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて神経細胞内構造の力学特性の計測を行いました。そして現在はHuycke博士のもと、再び腸の研究に戻り、マウス胚を用いて腸上皮構造がどのように形作られるのかについて、遺伝学的・力学的アプローチの両面から研究しています。
Huycke研究室では、消化管上皮の発生と再生の原理を遺伝学および力学の両面から統合的に理解することを目指し、日々研究に取り組んでいます。2025年1月に立ち上がった新しい研究室で、私は最初のポスドクとして加わりました。2年目となった現在は新たに2人の博士課程学生が加わり、計6名の研究室となりました。また、数名の学部生も研究活動に参加してくれています。人数が増えたことで新たなルール作りが必要になったり、それぞれがラボ内で役割を担うようになったりしています。また、ジャーナルクラブの進め方や頻度なども含め、新しい研究室だからこそ様々なことを皆で相談しながら試行錯誤しています。研究室の立ち上げ期に参加できたことは、私にとって非常に貴重な経験になっています。
自身の研究では、大腸陰窩の構造形成機構について、トランスジェニックマウス胚を用いて研究しています。器官培養やライブイメージングに加え、ナノインデンテーション試験による力学計測などを組み合わせながら、遺伝学的・力学的な両側面からその理解を目指しています。また現在は、組織構造の定量解析にも取り組んでおり、最適な手法の検討を進めています。
Huycke研究室に加わることになったきっかけは、修士・博士課程の指導教員である高橋先生にご紹介いただいたことでした。論文リビジョンのため高橋研究室に戻って実験していた際、「ポスドクを探しているらしいよ」と声をかけていただきました。海外で研究することについては、先生方からお話を伺う機会も多く、以前から漠然と挑戦してみたいと思っていました。PIの研究テーマは同じ「腸」を対象としており、以前から論文も拝読していたため、新たに研究室を立ち上げると聞いた際には非常にワクワクしたのを覚えています。これまでの解剖学的操作の経験やAFMの経験を評価していただき、幸いにも研究室に参加することができました。
また個人的に大変幸運だったと感じているのは、PIの研究室立ち上げ資金によって雇用されたことです。現在のアメリカでは研究予算を取り巻く状況が厳しく、自身でフェローシップや外部資金を獲得することが求められるケースも少なくありません。そのような状況の中で、立ち上げ期ならではの環境で研究を始められたことは大変恵まれていたと感じています。
さて、そのような充実した研究生活を送っているミシガン大学ですが、ミシガン州アナーバーという大学街にあります。デトロイト空港から車で30分ほどの場所にあり、リスやウサギ、色鮮やかな鳥などをよく見かける自然豊かな環境です。大学街ということもあり、比較的安全で落ち着いた雰囲気があります。ローカルのコーヒーショップも多く、最近はカフェ巡りにはまっています。夏は非常に過ごしやすく、朝晩は涼しいため、あまりエアコンを使う必要がありません。一方、冬は非常に厳しく、気温が−20℃を下回ることもあります。ただし除雪体制が整っているため、意外と問題なく生活できます。また、アメリカでは車が必須というイメージがありますが、実は私はまだ車を所有していません。研究室まで徒歩圏内に住んでおり、街中や郊外の主要なショッピングセンターへ向かうバスも充実しています。大学のカードがあれば無料で利用できるため、今のところ大きな不便は感じずに生活しています。
このように恵まれた環境の一方で、海外での研究生活における大きなハードルの一つは、やはり語学だと思います。私自身、もともと英語は得意ではありませんでしたが、発生生物学会年会の英語化をきっかけに英語を意識するようになりました。国際学会など英語を使うたびに自分の力不足を実感し、そのたびに必要に迫られる形で勉強してきました。実際に現地に来てみると、「意外となんとかなるな」と感じる一方で、「もっと伝えたいことがあるのにうまく言えない」というもどかしさもあります。日常生活では教科書には載っていない表現を耳にすることも多く、地域ごとの話し方の違いや個人の話し方の癖など、言語の奥深さを実感しています。また、文化的背景や地理的な知識が十分ではないため、会話の内容を完全に理解することの難しさを感じる場面も少なくありません。
それでもこの一年、研究室内でのコミュニケーションだけでなく、大学主催の英会話サークルや地域の人とのパブリックスピーキングの会にも積極的に参加してきました。一年ほど経った頃にPIから「成長したね」と言ってもらえたときは、ほっとすると同時に、まだまだ頑張らなければと気が引き締まりました。また、英語が母語の人であっても「唯一の正しい英語」があるわけではないことを、地域の方との交流を通して教えてもらいました。せっかくの機会ですので、学べるものは何でも吸収しながら、様々なバックグラウンドを持つ方々との交流を楽しんでいきたいと思っています。
さらに、異国での生活を支えてくれるコミュニティの存在も大きいと感じています。MCDBには私を含め現在3名の日本人ポスドクがおり、地域にも日本人コミュニティがあります。英語に疲れたときや、異国での生活に関する悩みを相談したり、日本食が手に入る場所などの情報交換をしたりしています。日本にいるときにはあまり意識しませんでしたが、異国の地で日本人同士が交流し、ほっと一息つける場があることのありがたさを改めて感じています。
このように、ミシガンでの生活は研究面・私生活の両方において新しい発見と挑戦の連続ですが、周囲の温かいサポートに支えられながら充実した日々を送っています。ラボの立ち上げという貴重な経験や、異なるバックグラウンドを持つ人々との出会いは、何物にも代えがたい財産になっています。振り返ってみると、私自身に明確な将来設計があったわけではありません。その時々で目の前の研究に真剣に向き合い、発表の機会があれば積極的に挑戦し、多くの方々とのご縁や支えに恵まれた結果として、今回の海外留学につながったのだと感じています。私の経験が、新しい環境への挑戦を考えている方にとって、一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
末筆ではございますが、日本発生生物学会の益々のご発展と、会員の皆様のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
Huycke研究室の集合写真。中央が研究室主宰者(PI)のDr. Tyler Huycke。