2021.10.04

海外便り№10 杉岡賢史さん(The University of British Columbia)

Department of Zoology, Life Sciences Institute
The University of British Columbia
Assistant Professor, Kenji Sugioka
Lab website; https://www.zoology.ubc.ca/~sugioka/ 
こんにちは!カナダのブリティッシュコロンビア大学(UBC)で研究室を主宰している杉岡賢史と申します。私は線虫をモデル生物として、細胞分裂の方向・非対称性・キラリティーなどを研究しています。

研究バックグラウンド:
学部・修士と東大理学部生物化学科の山本正幸先生の研究室で線虫の精子形成に必須なmRNA結合タンパク質DAZ-1について生化学的な研究に関わらせてもらった後、神戸の理化学研究所にある澤斉先生(現遺伝研)の研究室で線虫初期胚細胞の非対称分裂について研究し、学位を取りました。当時の澤研には4人のポスドクの方と最初の大学院生の水本公大さん、テクニシャンの方がいて、毎日研究結果についてラボ内で議論したり、内緒の実験を走らせたり、最高の研究環境でした。その後、細胞生物学的な研究に興味を持つようになり、オレゴン大学のBruce Bowermanのラボで細胞質分裂や中心小体の複製などについて自由に研究させてもらいました。2018年10月からUBCで細胞質分裂に関する仕事を発展させています。

職さがし:
若手の方向けの記事なので、職探し関係で私はこうした、という個人的な体験を失敗談含めて書きます。ポスドク先探しはアメリカの3ラボに応募して西海岸の某所は返信なし、東海岸の某所は面接後断られ、二つ返事で受け入れてくれたのがその数年前に学会で会ったオレゴン大学のBruceでした。応募した頃は論文が出ていなくて、CVも添付せず、応募の文章も「自分はこういう研究をしてこういう独自の計画がある」というのを簡潔に書き連ねただけで、いわゆるダメダメな応募でした。今自分が過去に戻って応募するなら、1)論文が出るタイミングまで待つ(今ならプレプリント)、2)海外大のtemplateを参考にしてちゃんとしたC Vを添付、3)相手先の研究内容に沿った研究プランを送ります。私の所にくるポスドク希望のメールでも、これがまともに出来ている応募ってほぼありません。出来ているだけで少なくとも2週間以内に返信は来るのではないかと思います(私なら絶対に返信します)。返信が来なくても色々な外的要因があるので気にせずどんどん送りましょう。CVのtemplateは海外大の名前とCV, template, などで検索すれば出てきます。UBCので良ければこちらにあります(https://students.ubc.ca/career/career-resources/resumes-cover-letters-curricula-vitae)。

ファカルティーポジションの職探しについては30数件くらい応募しました。公募の趣旨に合致する場合、良い研究プラン、CV、推薦書があればlong list (一次選考)には残るのではないでしょうか。私のメイン論文はUBCで職を得た後に正式に出版されたので、プレプリントが出ていれば見てくれる人は見てくれると思います。面接は慣れが必要なので、例え本命ではなくても練習を兼ねて行った方が良いと思います(結果としてそこが一番良かったということもあると聞きます)。面接の方式なども違うので、多少失敗することは織りこんでいきましょう。その他具体的なアドバイスは他の執筆者の方が書いてらっしゃるのでここでは割愛しますが、面接では長時間1対1で複数の教授と話すことになるので、お菓子をポケットに忍ばせて糖分補給することをおすすめします。私は面接後16時間くらい寝ました(笑)。その後なんだかんだあってUBCに職を得ました。

ラボ立ち上げと研究費:
カナダのスタートアップ研究費は自由に使える校費と政府系の機器グラントに別れています。政府系の機器グラントは応募しなければいけない競争的研究費なのですが、95%くらいの採択率なので実質的にスタートアップの一部として考えられています。欠点としては国と州の審査、及びその後の競争的入札に1年くらいかかるので顕微鏡などを買うのに時間がかかることです。私の場合はこのプロセスに加えてコロナでアメリカとの国境が閉鎖されたおかげで1年半くらい研究に必要なスピニングディスク共焦点顕微鏡が届きませんでした。そのせいもあり、最初の1年半くらいはグラント書きに時間を割きました。カナダの公的研究費は医学系のCIHR(Project grant: 採択率15%, 平均150K CAD/year)、自然科学のNSERC (Discovery grant: 採択率 65%, 平均 38K CAD/year)、社会科学のSSHRC 、分野横断型のNFRFなどがあります。研究費の査読は分野ごとの20人くらいからなるコミッティーで行われるのですが(普段はオタワで、現在はリモート)、査読の実際については査読者にならないと中々わかりません。査読者になるには1回研究費をとって査読者として招待される必要があり、若手は不利になります。そこで最近では若手がオブザーバーとしてコミッティーに参加するプログラムがあり、正式参加はできませんが査読の実態、つまり研究費申請書の勘所を知ることができます。UBCはさらにグラントオフィスが研究費申請書の校正をしてくれるので(日本でいうURA)、語学面やグラント毎の勘所の違いなどについてはサポートしてもらえます。これらの制度を活用しつつ、他の人の通ったグラントを見せてもらう、自分の書いたグラントを近くの人に見せてコメントをもらう、レビュアーのコメントに対応する、レビュアー運が良い、などがあれば獲得確率を上げることができます。そうして獲得した研究費は大体5年単位なので、比較的腰を据えて研究に専念できます。といっても、グラントからは学生全員の給料とその他人件費を払うので、研究に使う分は実際の獲得金額の半分あればいい方かもしれません。

現在のラボ:
顕微鏡の到着の遅れやコロナでのラボ一時閉鎖など色々あって研究は当初の想定より遅れていますが、8月には全員がワクチン接種を終えてラボに活気が出てきています。自分でも未だにふと考えて驚くのですが、澤研の最初の大学院生である水本さんと2番目の大学院生である私は、現所属の同僚で、ラボスペースも隣同士です。洋の東西を問わず生物系ファカルティーポジションの倍率が100倍以上ということを考えると、まさに奇跡ですよね。研究内容が全く違うので昔同様毎日議論とは行きませんが、PIとしてのアドバイスなどもいただけるので大変助かっています。私のラボは4人の大学院生と3人のテクニシャン(うち2人は他ラボとの兼業)、数人の活きのいい学部生で構成されています。新人ばかりなので教えるのは大変ですが、学生の成長を楽しく見守っています。学生には早いうちに適正を見極めてほしいと思います。私は最初の研究分野が生化学・分子生物的なものだったのですが、その中で成功しない限り研究者としての道はないんだと思い込んでいました。博士に進む前に就職するか悩んだのですが、博士課程で自分は顕微鏡を使ったライブイメージングに向いていると気づけたのは幸運でした。研究者には数理的解析、遺伝学、生化学など色々適正があって、良い所を伸ばした方が長続きするし上手になる気がします。そのような適正に関連した動画がiBiologyにあるので学生の方にはオススメです(https://ibiov2.herokuapp.com/catalog/PYSJ/SP/)。私は十数年たった今でも静かな暗室の中でライブイメージングをしながらデータが出てくるのを待つのが一日で一番楽しみな時間です。

最後に:
現在私たちは細胞膜下にあるcell cortexが流動する”cortical flow”による細胞分裂の非対称性、方向、キラリティの制御を研究しています。参加希望の方は私までご連絡ください。ではコロナが収まり皆様に学会等で会えるのを楽しみにしています。
ラボミーティング(黄色枠が筆者)