2026.07.21
海外便り№21 松林完さん (Bournemouth University)
松林完さん
Senior Lecturer in Systems Biology; Programme Lead, BSc (Hons) Biological Sciences
School of Life and Environmental Sciences
Faculty of Health, Environment & Medical Sciences
Bournemouth University
UK
Senior Lecturer in Systems Biology; Programme Lead, BSc (Hons) Biological Sciences
School of Life and Environmental Sciences
Faculty of Health, Environment & Medical Sciences
Bournemouth University
UK
大学教員とかけて、野良犬と解く。その心は、マーキングに大忙しです。
初めまして。私は2008年末に英国に移住し、ブリストル、マンチェスター、ロンドンと複数のポスドク経験を経て2021年からボーンマス大学(Bournemouth University, BU)で教員をしております松林 完(まつばやし ゆたか)と申します。ボーンマスはロンドンから西へ電車で2時間、ロンドンを東京とすれば鎌倉や茅ヶ崎のような、「英国の湘南」といった感じの海辺の観光地です。ここで私はビーチなどには目もくれず、5月後半から7月初めまで学部生の試験・レポート・卒業論文の採点(マーキング)に追われておりました。海外で独立といえば、ポスドク時代に華々しい論文を出して教育義務の少ない研究所や大学でラボを開く、という皆様が目立ちますが、私はそのルートとは違う、研究よりも学部教育義務の重い地方中小大学の教員です。また私生活では中国出身の妻と国際結婚し、2歳の娘がいます。以下、海外における日常生活の一例として、私の経歴や経験をご紹介させていただきます。
初めまして。私は2008年末に英国に移住し、ブリストル、マンチェスター、ロンドンと複数のポスドク経験を経て2021年からボーンマス大学(Bournemouth University, BU)で教員をしております松林 完(まつばやし ゆたか)と申します。ボーンマスはロンドンから西へ電車で2時間、ロンドンを東京とすれば鎌倉や茅ヶ崎のような、「英国の湘南」といった感じの海辺の観光地です。ここで私はビーチなどには目もくれず、5月後半から7月初めまで学部生の試験・レポート・卒業論文の採点(マーキング)に追われておりました。海外で独立といえば、ポスドク時代に華々しい論文を出して教育義務の少ない研究所や大学でラボを開く、という皆様が目立ちますが、私はそのルートとは違う、研究よりも学部教育義務の重い地方中小大学の教員です。また私生活では中国出身の妻と国際結婚し、2歳の娘がいます。以下、海外における日常生活の一例として、私の経歴や経験をご紹介させていただきます。
研究者・教員として
私は大学院以来、核細胞質間物質輸送・MAP kinaseシグナリング・神経発生・創傷治癒・細胞外マトリクス(ECM)などの研究分野を渡り歩いてきました。「転石苔むさず」の悪い例です(苦笑)。現在はパーマネントの職を得て、ECM、特に基底膜の発生とコラーゲン修飾酵素の研究に腰を落ち着けたいと思っています。
教育の面では、現在学部3年生(英国の最高学年)の「システム生物学」と、「0年生」とでもいうべきfoundation year(「予科」。大学入学資格を満たさない学生向けの準備課程)の「生物学入門」を責任者として担当し、そのほか2年生向け「生化学」の半分、「進化生物学」や「遺伝学」の一部講義も受け持ち、来年度の担当科目はさらに増えそうです。これらに加えて3年生の卒業論文の指導があります。
「転石苔むさず」は私生活でも同じで、これまで剣道をしたり沖縄音楽を習ってみたり、いろいろな本を乱読したりしてきました。しかし振り返ってみれば、公私共に転がり続けてきたことが授業の幅を広げることにつながりました。研究分野に関していえば複数の科目を担当できますし、趣味ですら授業の役に立ちます。たとえば予科の「生物学入門」で関節と筋肉の働きを説明する前に、柔道黒帯の日本人学生に頼んで私に「腕ひしぎ十字固め」をかけてもらい、また私が彼に剣道の関節技(試合で使うことはないが、形 [かた] として継承されている)をかけるデモをしました。両者柔道着・剣道着を着用し、見た目のハッタリも万全です。そこで「なんでこの技をかけられた人は肘が動かせなくなるのかな?」と話を始めると、授業前にはだるそうにしていた学生たちの目が輝き、ここからアクチンとミオシンの話にまでつなげていきます。来年度は顕微鏡や蛍光に関する講義に三線を持っていき、チューニングを変えながら音波を例に光の波長・周波数・干渉の説明をする計画です。
予科の学生たちはまだ「生徒」感が強く、そもそも研究や勉強など想像もしていない「子」たちが多くいます。集中力も高くなく、私語を止めるよう注意することもたびたびです。このような状況では彼らの興味を繋ぎとめることがまず何よりも重要で、授業の冒頭や中だるみ時の「無駄話」が実は無駄ではなくてその日の講義の学習課題を印象付けるものになるよう、日々過去の経験を総動員して努力しています。一方、より大人になった3年生の授業や卒業論文指導では直近の論文の内容を紹介するなど「まじめ」にやればいい、こちらとしては楽な部分が多くなり、楽しさを保つ努力はしつつも結構大変な計算をしてもらったりしています。このあたりの匙加減や、学生の成長を見るところに教育の醍醐味を感じています。
しかし授業に追われていると、あるいは充実感を感じてのめり込みすぎると、研究の時間があっという間になくなります。そして私の「研究室」には大学院生もポスドクもいません。前述したように私の勤務先は学部教育中心の大学なのです。このような状況では、「教育」が「研究」に直結する仕組みづくりが不可欠です。たとえば現在進行中の研究で用いている技術を講義すれば自分自身の考えを整理でき、講義のスライドが論文の図の下描きになることもあります。卒業研究(卒研)の学生さんたちには論文の共著者になってもらうべく実験やインフォマティクス解析を割り振ります。その指導は「研究」でなく「教育」の範疇ですから、教育という「本業」をおろそかにすることなく研究ができます。
卒研生に研究を割り振るなんて当たり前、と思われるかもしれませんが、英国ではそれほど当たり前ではありません。学部が3年しかないので、新3年生たちは事前知識が足りない状態で卒研を始め、講義を受けながら研究をしないといけません。そのため当初は学生に課題を与えるよりも彼らの方から提案された文献研究などを指導していたのですが、それでは研究対象が散漫になり自分のためにも学生のためにもならないとわかったので方針を転換しました。しかし1年で卒業してしまう学生たちを毎年最初から指導するのはなかなか大変で、先輩院生やポスドクが初心者指導を手伝ってくれたら、と思います。そんな考えが浮かんだときは、まずは院生・ポスドクを雇う研究費を獲得しなければ、とハングリー精神を高めています。
夫・父親・「外国人市民」として
次に大学外での経験をいくつかご紹介したいと思います。
なんといっても、今は2歳の娘が生活の中心です。出産に立ち会いましたが、出てきた娘の顔がエコーで見ていた通りだったので非常に驚きました。しかし同じ顔が当たり前のはずなので、今から思えばなぜ驚いたのかよくわかりません。母子の体調を強く心配していた精神状態のせいでしょうか。臍の緒を切らせてもらえたことも大事な思い出です。あんなに硬い構造物だとは!見た目は柔らかそうなのに、ハサミを入れるとまるでゴムホースのようです。何のマトリックスでできているの?と担当医に聞きそうになりましたがやめました。
英国には国民健康サービス(NHS)という皆保険制度があります。娘が生まれたのもNHSの病院です。NHSは財政・人員が逼迫し、妻は誘導分娩のための入院が延期されたり、いざ誘導をかけたら陣痛がきたのに無痛分娩の麻酔がすぐに受けられなかったりと大変なこともありました。私は陣痛待ちから退院まで病院に泊まり込んだほぼ1週間、ベッドが与えられず椅子で寝ていました。妻の苦労に比べたら大したことはありませんが、今後英国での出産立ち会いをお考えの男性諸氏には心の準備をおすすめいたします。女性各位には私の分を超えた助言やおすすめなどできようもありません。ただただご安産をお祈りいたします。
我が家は日本人の私と、中国出身で英国に帰化した妻の国際結婚です。妻がロンドンで仕事をしているため、私は妻と娘をロンドンに残してボーンマスに単身赴任し、週末だけ家族のもとに帰っています。帰るたびに娘の中国語が上手くなっており、日本語をどう教えようかと考えています。先輩国際結婚カップルから強めのアドバイスがあり、「妻と私はそれぞれ中国語、日本語だけで娘と話せ。それが各言語を定着させるコツだ。娘と一対一で英語を話すな、英語は幼稚園や学校で勝手に身に付く」ということでした。参考文献を確認していませんが(笑)、納得できる意見に思えましたのでこれを実践しています。しかし娘は妻と過ごす時間が圧倒的に長いため日本語学習がずいぶん遅れており、私は地道に日本の童謡を娘と一緒に歌うなどして頑張っています。娘が将来3つの言葉を使ってどうやって生きていくのか、まだまだ見通せませんが道が開けるよう妻と共に努力していきたいと思っています。
英国では、我々家族は移民とその二世です。移民・外国人に対する風当たりが日増しに厳しくなる現在、娘が将来それで苦労しないように強く願っていますが、社会全体の動きは個人でコントロールできない部分が多く不安を消すことはできません。私も差別を受けたことは少ないのですが残念ながらあります。「若く」「弱く」見えるとターゲットにされることがあるので私は髭を伸ばしています。小柄なアジア人女性は路上で口笛を吹かれたりからかわれたりすることもあります。これから移住される方はお気をつけください。
差別をされると頭にくるもので、やり返したり後で愚痴を言って溜飲を下げたくなったりします。それに関して私は一つ後悔していることがあります:日本人として見下されたから、相手の出身国の悪口を言ってしまったことです。その直後、その同じ国から来た素晴らしい友人のことを思い出して大変申し訳なくなりました。人は頭に血が上るとやられたことをそのままやり返したくなりますが、「〇〇人のくせに!」というやり合いは全く不毛です。その落とし穴に二度と落ちないように気をつけています。
このように、ロンドン・ボーンマスでの生活には一部不安や軋轢もありますが、普段の生活は概ね安全で楽しみも多いものです。我々夫婦は、娘を連れて公園などへ行くなかで知り合った多国籍のママさん・パパさんや子供たちとさまざまな情報交換をしながら前向きに生きています。娘も遊びや勉強、習い事を通じて、いろいろな友達を作り自分の世界を広げていってほしいと願っています。
以上、私の限られた滞英経験をご紹介しました。皆様の「参考」になるほど立派な経験ではありませんし、中には反面教師にしていただいたほうがよい話もあるかもしれません(笑)。「参考」というよりは、これから移住を控えている方や、すでに海外で生活されている方々に、「なるほど」「あるある」と肩の力を抜いて読んでいただけるような文章になっていれば幸いです。
私は大学院以来、核細胞質間物質輸送・MAP kinaseシグナリング・神経発生・創傷治癒・細胞外マトリクス(ECM)などの研究分野を渡り歩いてきました。「転石苔むさず」の悪い例です(苦笑)。現在はパーマネントの職を得て、ECM、特に基底膜の発生とコラーゲン修飾酵素の研究に腰を落ち着けたいと思っています。
教育の面では、現在学部3年生(英国の最高学年)の「システム生物学」と、「0年生」とでもいうべきfoundation year(「予科」。大学入学資格を満たさない学生向けの準備課程)の「生物学入門」を責任者として担当し、そのほか2年生向け「生化学」の半分、「進化生物学」や「遺伝学」の一部講義も受け持ち、来年度の担当科目はさらに増えそうです。これらに加えて3年生の卒業論文の指導があります。
「転石苔むさず」は私生活でも同じで、これまで剣道をしたり沖縄音楽を習ってみたり、いろいろな本を乱読したりしてきました。しかし振り返ってみれば、公私共に転がり続けてきたことが授業の幅を広げることにつながりました。研究分野に関していえば複数の科目を担当できますし、趣味ですら授業の役に立ちます。たとえば予科の「生物学入門」で関節と筋肉の働きを説明する前に、柔道黒帯の日本人学生に頼んで私に「腕ひしぎ十字固め」をかけてもらい、また私が彼に剣道の関節技(試合で使うことはないが、形 [かた] として継承されている)をかけるデモをしました。両者柔道着・剣道着を着用し、見た目のハッタリも万全です。そこで「なんでこの技をかけられた人は肘が動かせなくなるのかな?」と話を始めると、授業前にはだるそうにしていた学生たちの目が輝き、ここからアクチンとミオシンの話にまでつなげていきます。来年度は顕微鏡や蛍光に関する講義に三線を持っていき、チューニングを変えながら音波を例に光の波長・周波数・干渉の説明をする計画です。
予科の学生たちはまだ「生徒」感が強く、そもそも研究や勉強など想像もしていない「子」たちが多くいます。集中力も高くなく、私語を止めるよう注意することもたびたびです。このような状況では彼らの興味を繋ぎとめることがまず何よりも重要で、授業の冒頭や中だるみ時の「無駄話」が実は無駄ではなくてその日の講義の学習課題を印象付けるものになるよう、日々過去の経験を総動員して努力しています。一方、より大人になった3年生の授業や卒業論文指導では直近の論文の内容を紹介するなど「まじめ」にやればいい、こちらとしては楽な部分が多くなり、楽しさを保つ努力はしつつも結構大変な計算をしてもらったりしています。このあたりの匙加減や、学生の成長を見るところに教育の醍醐味を感じています。
しかし授業に追われていると、あるいは充実感を感じてのめり込みすぎると、研究の時間があっという間になくなります。そして私の「研究室」には大学院生もポスドクもいません。前述したように私の勤務先は学部教育中心の大学なのです。このような状況では、「教育」が「研究」に直結する仕組みづくりが不可欠です。たとえば現在進行中の研究で用いている技術を講義すれば自分自身の考えを整理でき、講義のスライドが論文の図の下描きになることもあります。卒業研究(卒研)の学生さんたちには論文の共著者になってもらうべく実験やインフォマティクス解析を割り振ります。その指導は「研究」でなく「教育」の範疇ですから、教育という「本業」をおろそかにすることなく研究ができます。
卒研生に研究を割り振るなんて当たり前、と思われるかもしれませんが、英国ではそれほど当たり前ではありません。学部が3年しかないので、新3年生たちは事前知識が足りない状態で卒研を始め、講義を受けながら研究をしないといけません。そのため当初は学生に課題を与えるよりも彼らの方から提案された文献研究などを指導していたのですが、それでは研究対象が散漫になり自分のためにも学生のためにもならないとわかったので方針を転換しました。しかし1年で卒業してしまう学生たちを毎年最初から指導するのはなかなか大変で、先輩院生やポスドクが初心者指導を手伝ってくれたら、と思います。そんな考えが浮かんだときは、まずは院生・ポスドクを雇う研究費を獲得しなければ、とハングリー精神を高めています。
夫・父親・「外国人市民」として
次に大学外での経験をいくつかご紹介したいと思います。
なんといっても、今は2歳の娘が生活の中心です。出産に立ち会いましたが、出てきた娘の顔がエコーで見ていた通りだったので非常に驚きました。しかし同じ顔が当たり前のはずなので、今から思えばなぜ驚いたのかよくわかりません。母子の体調を強く心配していた精神状態のせいでしょうか。臍の緒を切らせてもらえたことも大事な思い出です。あんなに硬い構造物だとは!見た目は柔らかそうなのに、ハサミを入れるとまるでゴムホースのようです。何のマトリックスでできているの?と担当医に聞きそうになりましたがやめました。
英国には国民健康サービス(NHS)という皆保険制度があります。娘が生まれたのもNHSの病院です。NHSは財政・人員が逼迫し、妻は誘導分娩のための入院が延期されたり、いざ誘導をかけたら陣痛がきたのに無痛分娩の麻酔がすぐに受けられなかったりと大変なこともありました。私は陣痛待ちから退院まで病院に泊まり込んだほぼ1週間、ベッドが与えられず椅子で寝ていました。妻の苦労に比べたら大したことはありませんが、今後英国での出産立ち会いをお考えの男性諸氏には心の準備をおすすめいたします。女性各位には私の分を超えた助言やおすすめなどできようもありません。ただただご安産をお祈りいたします。
我が家は日本人の私と、中国出身で英国に帰化した妻の国際結婚です。妻がロンドンで仕事をしているため、私は妻と娘をロンドンに残してボーンマスに単身赴任し、週末だけ家族のもとに帰っています。帰るたびに娘の中国語が上手くなっており、日本語をどう教えようかと考えています。先輩国際結婚カップルから強めのアドバイスがあり、「妻と私はそれぞれ中国語、日本語だけで娘と話せ。それが各言語を定着させるコツだ。娘と一対一で英語を話すな、英語は幼稚園や学校で勝手に身に付く」ということでした。参考文献を確認していませんが(笑)、納得できる意見に思えましたのでこれを実践しています。しかし娘は妻と過ごす時間が圧倒的に長いため日本語学習がずいぶん遅れており、私は地道に日本の童謡を娘と一緒に歌うなどして頑張っています。娘が将来3つの言葉を使ってどうやって生きていくのか、まだまだ見通せませんが道が開けるよう妻と共に努力していきたいと思っています。
英国では、我々家族は移民とその二世です。移民・外国人に対する風当たりが日増しに厳しくなる現在、娘が将来それで苦労しないように強く願っていますが、社会全体の動きは個人でコントロールできない部分が多く不安を消すことはできません。私も差別を受けたことは少ないのですが残念ながらあります。「若く」「弱く」見えるとターゲットにされることがあるので私は髭を伸ばしています。小柄なアジア人女性は路上で口笛を吹かれたりからかわれたりすることもあります。これから移住される方はお気をつけください。
差別をされると頭にくるもので、やり返したり後で愚痴を言って溜飲を下げたくなったりします。それに関して私は一つ後悔していることがあります:日本人として見下されたから、相手の出身国の悪口を言ってしまったことです。その直後、その同じ国から来た素晴らしい友人のことを思い出して大変申し訳なくなりました。人は頭に血が上るとやられたことをそのままやり返したくなりますが、「〇〇人のくせに!」というやり合いは全く不毛です。その落とし穴に二度と落ちないように気をつけています。
このように、ロンドン・ボーンマスでの生活には一部不安や軋轢もありますが、普段の生活は概ね安全で楽しみも多いものです。我々夫婦は、娘を連れて公園などへ行くなかで知り合った多国籍のママさん・パパさんや子供たちとさまざまな情報交換をしながら前向きに生きています。娘も遊びや勉強、習い事を通じて、いろいろな友達を作り自分の世界を広げていってほしいと願っています。
以上、私の限られた滞英経験をご紹介しました。皆様の「参考」になるほど立派な経験ではありませんし、中には反面教師にしていただいたほうがよい話もあるかもしれません(笑)。「参考」というよりは、これから移住を控えている方や、すでに海外で生活されている方々に、「なるほど」「あるある」と肩の力を抜いて読んでいただけるような文章になっていれば幸いです。
英国の「湘南」、ボーンマス海岸で娘と