2025.10.29
岡田節人基金 海外派遣報告書 水野苑子(理研BDR)
理学研究所 生命機能科学研究センター
リサーチ・アソシエイト
水野 苑子
リサーチ・アソシエイト
水野 苑子
岡田節人基金の海外派遣助成にご支援いただき、2025年6月1日から7月13日まで、アメリカ・マサチューセッツ州のMarine biology laboratory (MBL・ウッズホール海洋生物学研究所)で「Embryology: Concepts and Techniques in Modern Developmental Biology」に参加しました。
Embryologyコースは、「多様な生物を比較し発生と進化の謎に迫る」信念の下、6週間に渡って、後生生物の発生システムを幅広く網羅する講義を受け、実際の生物を間近に観察し、手厚いサポートの下で最新の概念と技術を学びながら、自由に問いを立てて実験検証し、その成果を聞いてもらえるという、他に類を見ない贅沢なプログラムです。このコースはなんと1893年に開始され、130年以上に渡って世界中から集う研究者にその貴重な機会を提供し続けてきました。MBLは、ボストンから高速バスで2時間半ほどの岬に位置するウッズホールという街にあります。実験室から寮に戻る間に野生のカブトガニと出会ったり、疲れたらビーチで物思いに耽ることもできる、そんな環境でした。MBLは他にもPhysiologyやNeurobiologyなど様々なサマーコースを実施しており、毎年夏には世界中から1000人以上もの研究者が集うそうで、とても活気に満ちていました。調べられた限りでも6名のノーベル賞受賞者が過去にEmbryologyコースを受講していて、他のサマーコースや、講師陣も含めると、数多くの世界的な研究者が夏の気持ちの良い気候の中、MBLでサイエンスに熱中した経験を持つそうです。
扱う生物はここに書ききれないほどに多様で、週ごとにざっくり(1)節足動物、(2)線形動物・環形動物・扁形動物、(3)棘皮動物・尾索動物・貝類、(4)ゼブラフィッシュ・カエル、(5)ニワトリ・マウス、(6)頭足類・刺胞動物・有櫛動物、とモジュール分けされていました。講師を務めるのは合計約50名の研究者で、アシスタントを務めるラボメンバーと共に、毎週新たな生物たちを連れてやってきます。6週間全てに渡って監督してくれるコースディレクターの先生も2名おられました。参加生徒は、申請書(動機や自己アピール)に基づく選考を経た24名で、主に技術取得、現在の研究プロジェクトの発展、あるいは次の進路決定に活かす経験を目的とした、博士過程の学生やポスドクでした。毎週月曜から土曜日まで、朝9時から2時間はまず対象生物について、基本的な情報から最新研究を含む講義を受けます。その後1時間は小さな会議室に移動し、講師の方と皆で、生徒が授業中に抱いた疑問や意見を基に議論を交わします。午後からは実験で、生物の扱い方や技術の基本デモンストレーションがありつつも、CRISPR-Cas9システムやin-situ hybridization (ISH)、ライブイメージング、移植実験などなど、講師の方々が準備・サポートしてくださる環境の中で、好きなだけ好きな実験を実施できるため、毎日多くのメンバーが、日付が変わっても実験室に残っていました。2週に1度の成果発表会では、眼や体節など興味のある組織・器官について多種の発生を比較しようとする者、細胞移動・ストレス応答・再生など好きな現象を多様な文脈で観察しようとする者、とにかく多くの生物で多くの技術を経験することを目的にする者など、短い発表時間ながらも個性光る楽しく賑やかな時間でした。
私の参加動機の一つは、現在ショウジョウバエをモデルに取り組んでいる研究を進化的な視点から発展させるために、多様な節足動物に関する知識や実技経験を一挙に身につけようという期待でした。実際に節足動物モジュールでは、昆虫とは異なるグループに属するカブトガニについて、成体の飼育施設の見学、人工授精、胚の観察・維持、そしてISH実験を経験しました。また、コクヌスモドキ、ウミグモやザトウムシなど初めて触れる様々な種の胚でもISH実験とそのイメージングを経験できたことで、普段扱っているショウジョウバエ胚との共通性や特殊性、そして他種を用いた実験解析の実現性などを間近に学び、体感することができました。このコースでは自由な問いとアプローチを設定できるため、自身のプロジェクトに関係が深い遺伝子について、コクヌスモドキでの発現パターンを初めて観察することもできました。また節足動物の進化に関する専門家にも直接議論して実験のアイディアを伺いました。自身の研究の発展に直接結びつく貴重な情報収集や技術体験を数多くできました。
もう一つの参加動機は、面白くて重要な生物学的問いをたくさん・深く体感して、自身の進路決定に生かしたいと考えたことでしたが、このコースが提供してくれる、「見てみたい!」衝動のままに実験して発表でき、そして経歴も業績も関係なしに「Cool!」と思ったままに称え合える、創造力を最大限に発揮できる環境は、体感してみると期待以上に魅力的なものでした。特に印象に残っているのは、イカの色素細胞に関する実験です。頭足類の授業でイカ・タコの擬態が登場し、神経と筋肉を介した個々の色素胞のサイズ制御による体色変化の面白さに共鳴した3人で、その仕組みを詳細に観察することにしました。講師の方々のお力を借りながら、イカの皮膚に神経伝達物質を処理して色素胞の動きをライブイメージングするとともに、一人はイカの幼生に様々な刺激を与えて体色変化を解析する実験に、私は色素胞に結合する筋細胞の構造を共焦点顕微鏡により観察することに夢中になっていました。互いにデータを突き合わせ、子供のようにはしゃぎながらプレゼン内容を話し合った時間や、プレゼンを聞いた他のみんなも面白がってくれた時間は本当に楽しいものでした。こう書いていると自分の報告書がなんだか幼稚に感じ、学んだ専門的知識や経験をもっと高尚な文章で伝えられないものかと、我ながら少し恥ずかしく感じます。でもやはり、イカの外套膜の分厚い筋層を掻き分けるように顕微鏡の焦点をずらし、向日葵のような美しい筋細胞の配向を発見した時の衝撃は、正直一番忘れられない出来事でした。私は時空間的に高度に編成された組織の構造や振る舞いに関心があり、当初は特に興味のあった硬い骨格組織を中心に観察しようと思っていましたが、コース中には他にも多くの美しく不思議な細胞・組織構造をたくさん見つけるができ、自分の直感に従いながら、今後の研究テーマを定めるための重要なヒントを、数多く得ることができました。
私にEmbryologyコースについて教えてくださったのは、京都大学大学院生命科学研究科在籍時に出席した第3回日仏合同発生生物学ミーティングで出会ったコース卒業生でした。(このミーティングへの参加にも岡田節人基金と、そして生命科学研究科実戦的生命科学英語コミュニケーションプログラムの支援を頂きました。)そのコース卒業生の方は棘皮動物を研究するきっかけがこのコースであったことに加え、コースの同期生と今も親友だと話してくれ、サイエンスが繋ぐ国境を超えた友情に驚きました。実際コース中の講義や実験では発表機会や共同作業が多く、他のコース生や講師の方々の研究者としての興味や特徴が良くわかります。その上、食事も寮生活も共同で、加えてコース対抗のソフトボール大会(週2-3回練習)、休日の米国独立記念日パレードやホエールウォッチングまで、たくさんのイベントを共に過ごすため(参加自由)、6週間という短い期間ですが人となりを深く知り合うことができました。特に私は英語で苦労して助けてもらうことが多かったのですが、皆も疲れて余裕がない中で力を貸してくれ、ゆっくりな英語でも話を聞き、共同作業では頼りにもしてくれた友人たちへの感謝や信頼は帰国後も褪せることなく、今も連絡を取り合っています。このように、人との深い結びつきを形成できる点もEmbryologyコースの重要な特徴であると思います。
最後になりますが、この貴重な環境で安心して研究に集中できたのは、岡田節人基金によるご支援のおかげです。このような研修プログラムの場合、その内容や参加確定時期の問題から、対象にしていただける助成金が少なく苦労していたところ、岡田節人基金にご支援いただくことができました。選考を務めて下さった皆様に心より感謝申し上げます。また、コース参加を認めてくださり、サポートしてくださった指導教官の理化学研究所・近藤武史チームリーダー、京都大学・上村匡教授、そしてEmbryologyコースでのTA経験を基に惜しみなく手厚い支援をしてくださった大阪大学・進藤麻子教授、コース生としての経験を基に情報提供と支援くださった理化学研究所・細田和孝博士にこの場を借りて厚くお礼申し上げます。
Embryologyコースは、「多様な生物を比較し発生と進化の謎に迫る」信念の下、6週間に渡って、後生生物の発生システムを幅広く網羅する講義を受け、実際の生物を間近に観察し、手厚いサポートの下で最新の概念と技術を学びながら、自由に問いを立てて実験検証し、その成果を聞いてもらえるという、他に類を見ない贅沢なプログラムです。このコースはなんと1893年に開始され、130年以上に渡って世界中から集う研究者にその貴重な機会を提供し続けてきました。MBLは、ボストンから高速バスで2時間半ほどの岬に位置するウッズホールという街にあります。実験室から寮に戻る間に野生のカブトガニと出会ったり、疲れたらビーチで物思いに耽ることもできる、そんな環境でした。MBLは他にもPhysiologyやNeurobiologyなど様々なサマーコースを実施しており、毎年夏には世界中から1000人以上もの研究者が集うそうで、とても活気に満ちていました。調べられた限りでも6名のノーベル賞受賞者が過去にEmbryologyコースを受講していて、他のサマーコースや、講師陣も含めると、数多くの世界的な研究者が夏の気持ちの良い気候の中、MBLでサイエンスに熱中した経験を持つそうです。
扱う生物はここに書ききれないほどに多様で、週ごとにざっくり(1)節足動物、(2)線形動物・環形動物・扁形動物、(3)棘皮動物・尾索動物・貝類、(4)ゼブラフィッシュ・カエル、(5)ニワトリ・マウス、(6)頭足類・刺胞動物・有櫛動物、とモジュール分けされていました。講師を務めるのは合計約50名の研究者で、アシスタントを務めるラボメンバーと共に、毎週新たな生物たちを連れてやってきます。6週間全てに渡って監督してくれるコースディレクターの先生も2名おられました。参加生徒は、申請書(動機や自己アピール)に基づく選考を経た24名で、主に技術取得、現在の研究プロジェクトの発展、あるいは次の進路決定に活かす経験を目的とした、博士過程の学生やポスドクでした。毎週月曜から土曜日まで、朝9時から2時間はまず対象生物について、基本的な情報から最新研究を含む講義を受けます。その後1時間は小さな会議室に移動し、講師の方と皆で、生徒が授業中に抱いた疑問や意見を基に議論を交わします。午後からは実験で、生物の扱い方や技術の基本デモンストレーションがありつつも、CRISPR-Cas9システムやin-situ hybridization (ISH)、ライブイメージング、移植実験などなど、講師の方々が準備・サポートしてくださる環境の中で、好きなだけ好きな実験を実施できるため、毎日多くのメンバーが、日付が変わっても実験室に残っていました。2週に1度の成果発表会では、眼や体節など興味のある組織・器官について多種の発生を比較しようとする者、細胞移動・ストレス応答・再生など好きな現象を多様な文脈で観察しようとする者、とにかく多くの生物で多くの技術を経験することを目的にする者など、短い発表時間ながらも個性光る楽しく賑やかな時間でした。
私の参加動機の一つは、現在ショウジョウバエをモデルに取り組んでいる研究を進化的な視点から発展させるために、多様な節足動物に関する知識や実技経験を一挙に身につけようという期待でした。実際に節足動物モジュールでは、昆虫とは異なるグループに属するカブトガニについて、成体の飼育施設の見学、人工授精、胚の観察・維持、そしてISH実験を経験しました。また、コクヌスモドキ、ウミグモやザトウムシなど初めて触れる様々な種の胚でもISH実験とそのイメージングを経験できたことで、普段扱っているショウジョウバエ胚との共通性や特殊性、そして他種を用いた実験解析の実現性などを間近に学び、体感することができました。このコースでは自由な問いとアプローチを設定できるため、自身のプロジェクトに関係が深い遺伝子について、コクヌスモドキでの発現パターンを初めて観察することもできました。また節足動物の進化に関する専門家にも直接議論して実験のアイディアを伺いました。自身の研究の発展に直接結びつく貴重な情報収集や技術体験を数多くできました。
もう一つの参加動機は、面白くて重要な生物学的問いをたくさん・深く体感して、自身の進路決定に生かしたいと考えたことでしたが、このコースが提供してくれる、「見てみたい!」衝動のままに実験して発表でき、そして経歴も業績も関係なしに「Cool!」と思ったままに称え合える、創造力を最大限に発揮できる環境は、体感してみると期待以上に魅力的なものでした。特に印象に残っているのは、イカの色素細胞に関する実験です。頭足類の授業でイカ・タコの擬態が登場し、神経と筋肉を介した個々の色素胞のサイズ制御による体色変化の面白さに共鳴した3人で、その仕組みを詳細に観察することにしました。講師の方々のお力を借りながら、イカの皮膚に神経伝達物質を処理して色素胞の動きをライブイメージングするとともに、一人はイカの幼生に様々な刺激を与えて体色変化を解析する実験に、私は色素胞に結合する筋細胞の構造を共焦点顕微鏡により観察することに夢中になっていました。互いにデータを突き合わせ、子供のようにはしゃぎながらプレゼン内容を話し合った時間や、プレゼンを聞いた他のみんなも面白がってくれた時間は本当に楽しいものでした。こう書いていると自分の報告書がなんだか幼稚に感じ、学んだ専門的知識や経験をもっと高尚な文章で伝えられないものかと、我ながら少し恥ずかしく感じます。でもやはり、イカの外套膜の分厚い筋層を掻き分けるように顕微鏡の焦点をずらし、向日葵のような美しい筋細胞の配向を発見した時の衝撃は、正直一番忘れられない出来事でした。私は時空間的に高度に編成された組織の構造や振る舞いに関心があり、当初は特に興味のあった硬い骨格組織を中心に観察しようと思っていましたが、コース中には他にも多くの美しく不思議な細胞・組織構造をたくさん見つけるができ、自分の直感に従いながら、今後の研究テーマを定めるための重要なヒントを、数多く得ることができました。
私にEmbryologyコースについて教えてくださったのは、京都大学大学院生命科学研究科在籍時に出席した第3回日仏合同発生生物学ミーティングで出会ったコース卒業生でした。(このミーティングへの参加にも岡田節人基金と、そして生命科学研究科実戦的生命科学英語コミュニケーションプログラムの支援を頂きました。)そのコース卒業生の方は棘皮動物を研究するきっかけがこのコースであったことに加え、コースの同期生と今も親友だと話してくれ、サイエンスが繋ぐ国境を超えた友情に驚きました。実際コース中の講義や実験では発表機会や共同作業が多く、他のコース生や講師の方々の研究者としての興味や特徴が良くわかります。その上、食事も寮生活も共同で、加えてコース対抗のソフトボール大会(週2-3回練習)、休日の米国独立記念日パレードやホエールウォッチングまで、たくさんのイベントを共に過ごすため(参加自由)、6週間という短い期間ですが人となりを深く知り合うことができました。特に私は英語で苦労して助けてもらうことが多かったのですが、皆も疲れて余裕がない中で力を貸してくれ、ゆっくりな英語でも話を聞き、共同作業では頼りにもしてくれた友人たちへの感謝や信頼は帰国後も褪せることなく、今も連絡を取り合っています。このように、人との深い結びつきを形成できる点もEmbryologyコースの重要な特徴であると思います。
最後になりますが、この貴重な環境で安心して研究に集中できたのは、岡田節人基金によるご支援のおかげです。このような研修プログラムの場合、その内容や参加確定時期の問題から、対象にしていただける助成金が少なく苦労していたところ、岡田節人基金にご支援いただくことができました。選考を務めて下さった皆様に心より感謝申し上げます。また、コース参加を認めてくださり、サポートしてくださった指導教官の理化学研究所・近藤武史チームリーダー、京都大学・上村匡教授、そしてEmbryologyコースでのTA経験を基に惜しみなく手厚い支援をしてくださった大阪大学・進藤麻子教授、コース生としての経験を基に情報提供と支援くださった理化学研究所・細田和孝博士にこの場を借りて厚くお礼申し上げます。
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