[ P236 ]

ミジンコ Antennapedia 遺伝子産物のショウジョウバエ胚における機能解析


志賀 靖弘1, 林 茂生2, 山形 秀夫1

東薬大・生命・環境生命1, 国立遺伝研2


 ミジンコが属している甲殻類の形態進化と形態形成遺伝子の分子進化との関係は、博物誌的観点からも非常に興味が持たれている。我々はこの関係を明らかにするために、これまでミジンコ Hox 遺伝子群の分子生物学的な解析を行ってきた。しかしながら、現時点ではミジンコの形質転換系は開発されていないため、形質転換系が既に確立されており、Hox 遺伝子群の変異系統も大量に存在するショウジョウバエを用いて、ミジンコ Antennapedia ( Antp ) 遺伝子産物の機能が進化的に保存されているか否かを解析した。
 酵母の転写活性化因子 GAL4 の結合配列であるUASの下流に、ミジンコのAntp 遺伝子を連結した融合遺伝子 (UAS-DapAntp) を持つショウジョウバエの形質転換系統を作製した。この系統とショウジョウバエの Antp 遺伝子の同様な系統(UAS-DmAntp)を、ショウジョウバエの distal-less ( dll ) のプロモーター領域の下流にGal4遺伝子を結合した融合遺伝子(dll-Gal4)を持つ系統と掛け合わせたところ、どちらの組み合わせでもAntpの標的遺伝子である teashirts ( tsh ) 遺伝子の頭部における異所的発現が誘導された。またショウジョウバエの decapentaplegic ( dpp ) 遺伝子のプロモーター領域の下流に Gal4 遺伝子を結合した融合遺伝子(dpp-Gal4)を持つ系統と掛け合わせたところ、どちらの組み合わせでも頭部体節の胸部体節への形質転換が観察された。ショウジョウバエの Antpの P1 プロモーター領域の下流に Gal4 遺伝子を結合した融合遺伝子(AntpP1-Gal4)を持つ系統と UAS-DmAntp を掛け合わせた場合、AntpP1-Gal4 の発現領域に応じてDmAntp の標的遺伝子である tsh 遺伝子の発現が増強された。しかしながら、AntpP1-Gal4 と UAS-DapAntp との掛け合わせでは、tsh 遺伝子の異所的発現は同様に増強されたものの、 胚発生の中〜後期から胸腹部の細胞が壊死を起こし始め、最終的には腹部のクチクラが大きく欠損した異常な形態になってしまうことが明らかになった。またこの掛け合わせにおいては、DmAntp の異所発現では全く影響の見られなかったdll および rhomboid ( rho ) 遺伝子の発現が、DapAntp の発現領域に応じて消失した。これらの結果から、ミジンコの Antp とショウジョウバエの Antp は、そのホメオボックス付近での高い相同性と胸部のidentityの決定という同様の機能を保持しているにも拘わらず、少なくともショウジョウバエの中では、互いに異なった新規な機能を持つように進化してきたことが明らかになった。
 それぞれの機能の違いを決定してい る領域を明らかにするために、DapAntp 遺伝子と DmAntp 遺伝子間で作製した各種のキメラ遺伝子の形質転換系統を既に確立しており、現在解析を進めているので、その結果も併せて報告したい。


PageCopyright(C) 日本発生生物学会 All Rights Reserved.