2018合同大会 若手最優秀賞 ミーティング見聞録 佐奈喜祐哉(京都大学)

CONFERENCE REPORTS

2018合同大会 若手最優秀賞 ミーティング見聞録 佐奈喜祐哉(京都大学)

2018合同大会 若手最優秀賞 ミーティング見聞録 佐奈喜祐哉(京都大学)

佐奈喜祐哉(京都大学生命科学研究科)

2018年度 若手最優秀賞の副賞として助成金を頂き,2018年12月から2019年2月まで共同研究のためフランス・パリにあるキュリー研究所に出向しましたのでご報告します.
 キュリー研究所はノーベル賞受賞者のマリーキュリーが立ち上げた研究所で,来年で創立100周年を迎えます(同ノーベル賞受賞者で,夫のピエールキュリーは研究所創設前に交通事故で亡くなっています).ご存知の通り,キュリー夫人は放射能の研究で1度目のノーベル賞を受賞しています.このノーベル賞がきっかけとなり研究所が設立され,当初研究所の目的は放射能研究がメインだったそうです.その後,放射線ががん治療に有効であることが発見され研究所のミッションは徐々にがん治療に移っていきます.現在では,キュリー研究所のミッションはがん研究,およびがん治療に大きなウエイトを持ち,病院部門と研究部門が設置されています.病院部門はがんの専門病院として知られ,特に小児がんの治療実績が有名なようです.私が出向したのは研究部門の一つである発生/がん生物学に特化した部門です.Webページを見てみると,ここには10のラボがあるのですが必ずしもがんと関連のない基礎研究をメインとしているラボが多いようです.個体発生で見られる細胞増殖や細胞分化を理解することで,将来的にがんをコントロールすることに役立てば良いというのが理念だそうですが,各々の研究プロジェクトにがん治療を明示的に出すことはなく,その必要もないそうです.つまり,研究所の目的に沿うために研究をするというよりは,それぞれの研究室もしくは研究者が自由に研究を進め,生命の理解を深めることが一番重要なようです.がんの理解や治療を目指している研究所にも関わらず,がん研究に集中しななくても良い,無理矢理でもがんに関連させる必要がないというスタンスに感動しました.基礎研究によって人類の持つ知識のすそ野を広げることで,将来的にはがん治療などの応用につながるという考えが研究を進める側でも,資金を提供する側でも,当たり前に受け入れられているようです.

sanaki01.jpg研究所の至る所でキュリー夫人を見かけ,写真のようなおしゃれなポートレートや銅像などあらゆる形態で登場する.どのキュリー夫人も笑みはなく,しっかり研究を進めろと言っているような気がする.

 また現所属とキュリー研究所での大きな違いは,セミナーの多さです.研究所やユニットでは毎週2?3つのセミナーや小規模な学会が開催されていたので,その気になれば1週間丸々セミナー漬けにすることも可能です.それぞれのセミナーの内容は,基礎研究から,がんの臨床まで様々なものが開かれていました.滞在中一番面白かったセミナーは"Evolution and Cancer"と銘打たれたもので,がんのクローン進化と薬剤耐性を関連づけた話や,どの動物種ではがんが起こるのか/起こらないのかを論じるトークなど,ここに書ききれないほどバラエティ豊かな視点からがんを理解する場になっていました.総じて感じたことは,普通の研究所では自然と抱いてしまう基礎研究とがん治療のギャップを埋めるように,もしくはそもそもそのようなギャップを抱かせない環境を作るよう研究所自体が運営されているのかも知れません.ともあれ,一つの研究所,一つの研究室で基礎研究と応用研究が自然に融合している姿を目の当たりにして,がんの基礎研究に興味のある私としては贅沢な場に身を置けたと感謝するしかありません.

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右奥のガラス張りの建物が所属するキュリー研究所のユニット.右手前は別の生物系研究所,左は化学系の学校で奥は地学/海洋学の学校.キュリーのあるパリ5区では,ちょっと歩くと頻繁に何かのラボを見かけます.伝統的なヨーロッパ建築だな,と思って建物の中を見るとウエスタンブロットをしていたりして面白いです.

 2ヶ月間フランスで過ごしてみると,日本とフランスでは研究室/研究所の運営方法にいくつか違いがあることに気づきました.日本の大学や研究所では,同じフロアにいくつか研究室が入っていると思いますが,同じフロアの研究室に関連性は特にないかと思います.そのため,隣のラボの人と実験中に頻繁に顔をあわせることは少なく,飲み会や学会などでちょっと見かけるくらいなのではないかと思います.一方,キュリー研究所では同じフロアに同じモデル生物を使うラボをまとめていて,新しいPIをリクルートする際にも今の研究所との親和性が大きな評価ポイントになっているそうです.同じモデル生物でまとめられるからこそ,フロア内に共通の設備を設置し,実験中に他のラボの人と顔をあわせるタイミングが頻繁にありました.例えば,私はショウジョウバエのラボに所属していて,ハエの実験では麻酔台と実体顕微鏡のセットが必ず必要になります.キュリー研究所では,このセットが十数台設置されたFly roomがあり,そのフロアのラボ全員がこのハエ部屋に集まり実験をしています.また,DNAやタンパク質の泳動ゾーンも一角にまとめられていて共通設備として使われていました.この運営方法は非常に合理的で,一つ一つのラボが同じ設備を持つと生じてしまう設備利用の機会ロスが極端に少なくなっています.さらに別の利点としては,他のラボの人でも誰がどんな研究をしているのかなどの会話に発展しやすくディスカッションが生まれやすい,また実験のちょっとしたコツなどもすぐ教えてもらえるので,しょうもない実験のミスでプロジェクトが停滞することを防げているのかも知れません.日本の大学でも共通機器がありますが,ものを共通にするだけでなく,その機械を使う人,同じような実験をしている人が集まる場所や環境を作ることで,金銭的にもプロジェクト的にも効率的に回るよう配慮されているのかも知れません.
 逆にフランスの運営方法の欠点としては,行える実験操作が制限されてしまうことがありました.私の場合,無菌操作をしたかったのですが通常のハエラボではクリーンベンチがないため,実験が完全にストップしてしまいました.一つ下の階には細胞培養をしているラボがあったのですが,細胞培養をしているという資格がないと入れない部屋に設置されているためクリーンベンチだけを借りるということはできませんでした.新しいクリーンベンチを購入しようにも,ベンチを置く場所が所内のどこにもないという,困った事態に遭遇しました.日本の出身ラボでは,幅広く研究を進められるような環境だったので,使いたい機材が利用できず研究が止まるようなことはなく,もしラボに機材がなくても隣のラボにお願いして借りることができました(大変お世話になりました).フランスでは研究所内を合理的に運営するあまり,余裕というかスキがなくプロジェクトを発展させる機会を失っているのかもしれないと感じました.
最後になりますが,今回の渡航を通して,とても多くの方にお世話になっていると気づきました.指導教員の井垣達吏博士,細胞生物学会/発生生物学会の皆様,共同研究を受け入れてくださったピエールレオポルド博士に感謝いたします.滞在中,PIのピエールに関する印象深かったエピソードは,私が少しお金のかかる実験をしてもいいかと聞いたときに,「お前のやりたいことを好きなだけやれば良い,そのためにラボがある」と言われたことでした.かなり放牧主義ですが,自由に研究を進められて,かつポイントポイントでアドバイスをくれる.熟練PIとはこういうものかと印象深かったです.また,細胞生物学会/発生生物学会を運営された先生方に深く感謝し,今後ますますのご発展をお祈りします.将来,発表する立場ではなく運営に携われるようになれればと思いながら,フランスで研究を進めていきたいと思います.