DGD編集主幹メッセージ(最後の編集主幹便り)

MESSAGE

DGD編集主幹メッセージ(最後の編集主幹便り)

DGD編集主幹メッセージ(最後の編集主幹便り)

2006年の秋頃から13年余編集主幹を務めて参りましたが4月から平良眞規氏が引き継ぐことになっています。

 私が引き継いだ年のインパクトファクターは1.5でしたので、まず考えたのはインパクトファクターをあげることでした。そのために、著名な方々に総説を依頼すると共に特集号を出そうと思いました。最初の特集号は再生特集号だったと思います。また、2008年にはDGDが50巻を迎えるので、50巻特集号を発行すべく、学会にも特別予算を組んで頂きました。阿形さんが岡田節人先生にインタビューして発生生物学会の歴史に関する記事と共に、それまで発生生物学会を引っ張ってこられた方々が論文を投稿して下さり、非常に良い特集号ができたと思っています。Nicole Le Douarin先生にも依頼したら快く書いて下さり、ニワトリウズラキメラの歴史についても知ることができます。それからも9号/年のうち、二つの号は特集に回すことを考え、大会のシンポジウムのorganizersにお願いして、editorになっていただき、そのシンポジウムを中心に関連のある研究者を加えて特集を発行しました。通常号にも総説を入れるべく、面白いoriginal paperを書いた方、あるいは大会でおもしろい発表をした方々に総説の執筆を依頼しました。幸い、特集のeditor、また総説を依頼したほとんどの方が快く引き受けて頂きDGDを充実させることができたと思っています。そのかいあって2008年(発表は2009年)から2016年までインパクトファクターは2を超えることができたと思っています。ただ、2017、2018年とまた1点台に落ちています。

 私が編集長になった頃まで、科研費の出版補助は直接出版の費用に充てることが出来、科研費はそのままWileyに支払われていました。しかし、2008年に毎年競争入札をすることという条件がつきましたので、それでは出版できないと思い、相澤会長と一緒にWielyと交渉して、学会員へのDGDの配布は希望者だけにして支払いを少なくし、一方ではRoyaltyをあげてもらい、さらに編集サポートも頂くと言うことに落ち着きました。Wileyとは契約更改をしたばかりでしたが、途中で契約見直しに応じていただきました。危機が転じて福となったと思います。その後、紙媒体を廃止しましたので、出費がさらに減ることになりました。
 科研費に関しては数年前から出版費用ではなく、DGDの戦略的な事業等に使えるように変更されました。現在はDGDをアジア、オセアニアでのハブジャーナルとすべく補助を受けていますが、引き続き補助を受けられることを願っています。

 数年前からDGDへの投稿者が減っています。それは、open access journalが増えたこと、博士課程の大学院生の数が減ったことなどが原因と考えられます。さらに、研究費のサポートも応用面を重視する傾向にありますので、それも発生学の基礎を重視するDGDへの投稿が減っている原因とも考えられます。それは、DGD論文の引用数の減にもつながりインパクトファクターの低下につながっていると思われます。
 DGDは先人達の努力により、国際的にも認められているjournalだと思っています。私がパリに留学した40年前にも研究所の図書室にDGDがおいてあり、うれしく思ったものでした。Wileyもそのことを評価しており、危機に直面したときなども相談に乗ってくれたものと思っています。Dev Cell, Genes Dev, Development, Dev Biol, Dev Dyn等のクラシカルな発生生物学のjournalも軒並みインパクトファクターの低下に直面しています。こういう困難な局面を次期編集主幹の平良氏を中心に学会役員、学会員の方々の協力で乗り切ってほしいと思います。