DGD編集主幹 メッセージ「DGDの歴史」(2017年6月)

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DGD編集主幹 メッセージ「DGDの歴史」(2017年6月)

DGD編集主幹 メッセージ「DGDの歴史」(2017年6月)

DGD編集主幹:仲村春和

2017年は実験形態学会と日本発生学協会が一緒になって日本発生生物学会が発足してから50年という節目の年であります。この機会にDGDの歴史を振り返ってみました。それぞれの学会が実験形態学誌、Embryologiaという学会誌を持っておりましたが、Embryologiaを引き継ぐ形で1969年の第11巻からDevelopment, Growth and Differentiationと名前を変えております。Embryologiaはずっと佐藤忠雄先生が編集主幹を務めておられましたが、DGDの初代編集主幹は多分それを引き継ぐ形で名古屋大学の椙山正雄先生です。Embryologiaの頃から4号で1巻の形態をとっていましたが、1年に1巻の発行ではなく一つの巻が年をまたいで発行されています。そのため、Embryologiaは1950年から刊行されていますが、DGDは2016年に59巻を刊行中です。1974年から1981年まで岡田節人先生が2代目の編集主幹を務めておられますが、その間に、一年一巻制になり、一巻4号制から一巻6号制になっています。刊行論文数もおよそ30論文/巻から60論文へと増加しています。また、国外からの論文掲載もおよそ10%程度から20%程度へと増えています。論文数が増加したことを考えると国外からの論文数は4倍ほど増加したといえます。この岡田編集主幹時代に安定した刊行と国際化が進んだといえると思います。現在は世界中からの投稿があり、国際化は進んでいます。

 初期の頃DGDの発行は今では想像もつかないような大変なことだったことが学会のサーキュラーに記されています。印刷のみを外注して編集、配布等すべてを学会が行っていたようです。そのため、岡田節人先生が編集主幹の時、広島大学の天野實先生に幹事を依頼し、出版社も名古屋から広島の大学出版に変え、天野先生が印刷所との交渉、校正などを行っていたようです。京都で一号分の編集が終わると、岡田研の学生がすべての原稿を広島に運んでいた事が天野先生の回顧録に書いてあります。また、DGDの製本印刷費が高く学会の会計を逼迫させていました。科研費の出版補助は受けていましたが、学会の年会費を上げ、DGD基金を創設して寄付を募ったり、学会で日本語の単行本を出版したり、またテレホンカードを販売したりしていましたがそれでも危機的状況でありました。1986年から海外でのDGDの販売はAcademic Pressを介して行われる様になり、海外でのDGDの頒布は増えましたが、円高が進んだため、経済的には苦しいままでした。

 大きな転機はDGDの刊行(出版、販売)をBlaclwell社で行うという契約を結んだことです。これは江口吾朗会長、長濱嘉孝幹事長、星元紀編集主幹時代にBlackwellと交渉して大枠で合意し、実際の契約は岡田益吉会長が行っています。この時、編集方針等はすべて学会にあり、Blackwell社はそのことには干渉せず、刊行、販売をおこなうという条件で契約を結ばれたことは非常に大事なことだったと思います。このことにより経済的な問題は解決され、暫くは順調にDGDの出版が続くことになります。

 次の危機は2008年に文科省が科研費補助の条件を変えたときです。DGDは継続的に科研費の補助を受けて来ておりBlacwell社から出版するようになってからは科研費補助とBlackwllからのRoyaltyがBlackwellに支払う出版費用とほぼ釣り合っておりました。しかし、2009年からは科研費の補助を受けるなら出版社を競争入札で決めることという条件がついており、Blackwellと安定的な出版契約を結んできたDGDとしては出版の危機を迎えることとなりました。これは、私が編集主幹になって2年目のことでしたが、相澤慎一会長と一緒になってBlackwellと交渉に当たりました。その結果Royaltyをあげること、それまで学会員全員に送っていたDGDを希望者のみに送ることという条件で科研費の補助を受けなくても出版を継続できることになりました。さらに57巻からは印刷をやめ、onlineだけの発行になっており、現在ではDGDはかえって黒字となっています。Online journalとなっても年9号発行する形はとっています。科研費の方針はさらに変わって、現在は国際情報発信と言うことで科研費補助を受けています。

 現在、ジャーナルの影響力を示す指標としてインパクトファクター(IF)があります。ちょうど2016年のIFが発表されたところです。IFがどのように算出されるかと言いますと、たとえば2016年のIFですと、2014年と2015年に発表された論文の2016年の間の総引用数を2014年と2015年の論文数で割ったものです。ここ20年ほどの関連ジャーナルのIFをグラフにしてみました。

201706IF変遷.jpg

これをみると発生関係のジャーナルのIFが軒並み下がってきているのがわかります。Dev CellやIFが20を超えたこともあるGene Devが10を下回り、Developmentも5点台になっています。DGDは1点台を推移していましたが、ここ10年近く2点台を保っていて、Dev Dyn, Genesis, Int J Dev Biolなどとだいたい同じIF値になっています。20年程前にはかなり上にあったジャーナルと肩を並べていますが、これには特集号や総説論文が貢献しています。特集号を編集して下さった先生方、総説をご寄稿下さった先生方に感謝致します。

DGDは発生生物学会の歴代の会長、編集長や会員の方々の涙ぐましい努力により国際誌としての地位を保ち、評価されるジャーナルとして存続してきました。Open access journalが増え、伝統的なジャーナルをどのように維持していくかという大きな問題はありますが、会員の皆様には自分たちのジャーナルという意識をもって、論文の投稿、またDGD論文の引用をお願いします。会員諸氏からご自身の研究の進展を訴えるための総説のご投稿、また特集号のご提案を歓迎します。