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学会見聞録
第32回発生生物学会 (1999/5/28-30)
発生学会印象記 -新しい時代の流れを目の当たりにして。
1999.8.22
京都大学・院医 藤森俊彦
本年度の発生生物学会に参加してまず感じたのは、会場もプログラムも非常によくオーガナイズされており、ハイテクを駆使した会の進行はすばらしいことでし た。これには、大会準備委員会の皆様の創意工夫によるものだろうと容易に想像され、楽しい会に参加できた事に感謝します。
本大会では、特にポスター発表の充実が進んだと感じられました。とても広々としたスペースに掲示されたポスターを見て回る十分な時間がありましたので、じっくり下見もでき、討論がとてもよく進んだ様に感じました。
さて、本大会での発表を通して、新しい時代の流れを迎え変貌を遂げて行く発生生物学の現状を感じました。その点について私自身の勝手な解釈とともに感想を述べさせていただきます。
私が発生生物学を学生として学び始めたころは、分子生物学的手法が本格的に発生生物学に用いられ、実験発生学の広がりを見せ始めていました。胚に遺伝子を 導入する手法が様々な種で確立され、積極的に胚に働きかけ、あるいは揺らぎを与えるということに、「遺伝子」のレベルで可能になったのは一時代を象徴する 事であったと思います。また、特定の遺伝子の発現を記載し、これまでに知られていた発生現象を「遺伝子」に置き換えて語るということが盛んになされてきた 様に感じます。
この様な流れの中で、新たに取られた遺伝子が、発生現象で極めて重要な働きをしていることがわかった、あるいは従来の方法では引き出す事ができていな かった胚の持つポテンシャルを発見できたという様な輝かしい研究も数多く見受けられています。しかし、その反面では、自分のめざす発生現象を語るという目 的からはずれて、遺伝子間あるいは分子同士の相互作用というより細かな現象に終始して、最初の目標は何だったのだろうという疑問を伴う様な仕事も増えてき ました。
私自身の研究でも非常に初期の発生に着目してその時期におきていることを知ろうとして、特定の遺伝子を導入あるいは、つぶすという方法を用いて来ました が、残念ながら自然はそんなに甘くなく、思っていた方向へ研究が順調に進んできたとは言えない状況です。まるで、一つの分子につかまって、力不足のあまり にそれに振り回されてしまったという様子です。しばしば自分のめざす所を見失わない様にするにはどうすれば良いかを考えるのですが、そこへ今回の学会でも 強く感じられた一つの流れが、何かヒントを与えてくれるかも知れないと思わせました。
充実したワークショップが多く見受けられたなかで、『発生生物学とゲノムサイエンスとのつきあい方』は印象深いものでした。特に印象的だったのは、反ゲノ ム派、あるいは「あまり遺伝子だけに頼るのは好きではない人々」までもが、全遺伝子を知りつくす必要もあると身を持って感じているという事実でした。
これまでの方法では、発生現象をとらえる為にその現象での主役を演じると予想される遺伝子をクローニングし、塩基配列を決定しそれから役割を想像 し、、、という一連の仕事がパターンとして定着している一方で、塩基配列をひたすら決める事に疑問を抱く人間も少なからず存在します。
そこへ時代の流れとしてゲノムプロジェクトが、莫大な情報をもたらしている現在、発生現象を語るという目的で家内手工業的に進めてきた個々の遺伝子の同 定との間にある情報量のギャップをどうとらえるかも考えさせられました。そこで浮かんでくる考え方は、これまでの様に発生の現象の中で個々の遺伝子を見て いく方法に平行して、それぞれの現象を「一連の遺伝子群」の挙動から記載する方法が可能であるということです。発生のそれぞれの過程を、状態の変化する細 胞の組み合わせだとすれば、一つ一つの細胞の様子は発現している遺伝子群の組み合わせ、あるいは機能している分子群のセットとしてとらえる事が可能です。 そうなると、瞬間瞬間に特定の細胞の置かれている状態を記載する事が可能になってくるはずで、実現可能かどうかはさておきそれを全ての細胞で終えてしまえ ば遺伝子での発生の記載を完了できることになります。各種の動物において、ゲノムプロジェクトによってほぼ全てのcDNAが同定されるのも遠くない将来に 可能であるという話も本大会で聞きました。
またDNAチップといった技術も非常に急速に進み、多くの人がそれを上手く利用することも予想されます。これまで形態や少ない数のマーカーに頼っていた 判断基準がより広がり、さらに厳密な記載が可能になろうと思います。私自身も、今後このような莫大な情報をどうとらえるかを真剣に考えないといけないと感 じました。
新たな時代を迎えるにあたって、如何にこのような情報を生かして自分なりの方法で生き残るかを考えた時、もう一度古典的な実験に立ち返り、まだ十分に理解 が進んだとは言えない発生の事象をとらえ直す必要があるだろうと思います。その実験の一つのツールとして、ゲノムプロジェクトのもたらす情報は非常に役に 立つものにちがいありません。生き物の持つポテンシャルを我々が全て理解できたとは言えない現在、どうやってそのポテンシャルを探るか、あるいはどのよう な方法で胚にこちらから働きかける事でそれを引き出すことが可能かをじっくり考え、新しい世界を開いていく事が私自身での大きな課題であろうと感じまし た。
1999/5/28-30 第32回発生生物学会
掲載:1999.8.22