日本発生生物学会声明(2009/12/01)

STATEMENT

日本発生生物学会声明(2009/12/01)

日本発生生物学会声明(2009/12/01)


内閣総理大臣 鳩山由紀夫 殿
文部科学大臣 川端達夫 殿
内閣府特命担当大臣(科学技術政策) 菅 直人 殿
内閣府特命担当大臣(男女共同参画) 福島みずほ 殿
内閣府特命担当大臣(行政刷新) 仙谷由人 殿

日本発生生物学会声明

2009年12月1日
日本発生生物学会

 行政刷新会議において科学技術関連の予算について見直しが進められております。その議論の公開性は多とするものですが、評価結果がそのまま次年度の予算措置に反映された場合、我が国の科学技術研究の将来に与える打撃は深刻なものがあります。言うまでもなく革新的科学技術は多様な基礎研究の土台の上に築かれます。そのための科学技術政策の基本は研究者の自由な発想に基づく多様な基礎研究の推進を保証するものでなければなりません。この観点から、短期的採算性を追求する仕分け作業の枠組みで科学技術への予算措置を決めることは将来に禍根を残すことになると危惧します。これを端的に象徴するのが、科学技術推進の兵站分野である、人材育成、リソース分野への予算削減措置です。新政府は科学技術政策を全体的に構想する中で各予算配分を再検討すべきであり、会議決定事項の再考を強く要請する声明を日本発生生物学会として明らかにいたします。

声明内容の要旨

事業番号3-20 競争的資金(先端研究6件)について:研究政策、研究費全体の見直しの中で、ボトムアップ型の科学研究費補助金の充実を特に求めます。
事業番号3-21 競争的資金(若手研究育成)について:博士研究員、大学院生の高度な能力を正しく評価し、彼らが抱く雇用への不安を解消し、科学技術研究への従事を魅力あるものにするための支援の継続と拡充を求めます。
事業番号3-39 科学技術振興調整費(女性研究者支援システム改革)について:欧米に比べ女性研究者が少ない状況、および多様で優れた基礎研究は多様な研究者集団から生まれるという事実に鑑み、本事業を継続して進めることを求めます。
事業番号3-18(3)(独)理化学研究所②(バイオリソース事業)について:バイリソースは科学技術研究の重要な兵站であること、本事業が「科学技術で世界をリードする国」としての重要な国際貢献であるという認識の下、本事業を少なくとも現在の規模で継続することを求めます。

再考を求める理由
資源・エネルギー小国の日本が21世紀の世界で国力を維持し、国際貢献を果たす唯一の方策は科学技術振興であることは自明であります。そして革新的科学技術は一朝一夕に成されるものではなく、多様な基礎研究の土台の上に築かれます。多くの研究者の長期にわたる試行錯誤から次代の新パラダイムを生み出す発見が成された例は枚挙に暇がありません。科学技術研究活動はこれに携わる者の知的探究心に依拠するものであり、それゆえ人の文化的営為に他ならず、その認識なしに科学技術政策は成り立ちません。研究者の自由な発想に基づく多様な研究の推進こそが科学技術政策の基本です。
 新政権を担う民主党の科学技術政策では、21世紀のわが国がめざすべきは、単なる科学技術によって成り立つ国すなわち「科学技術(創造)立国」 などではなく、「科学技術で世界をリードする国」でなければならないと謳っています。また、科学技術政策の本質は「人」の育成であるという基本方針が掲げられています。菅科学技術政策特命大臣は「科学技術こそが日本の将来をつくる重要な柱だというのが基本的な考え」と述べられています。新政府への移行はこれまでの科学技術政策から生じたひずみを根本的に克服するまたとないチャンスで、上記の民主党の掲げる政策は その可能性を孕むものとして我々を期待させるところがあります。
 一方、現下の行政刷新会議「事業仕分け」での議論・評価結果は、科学技術政策のあるべき姿や新政権の掲げる政策のいずれとも相容れないものが多く、再考を強く求めます。科学技術予算の見直しに当たっては、これまでの科学技術政策と行政体制の問題点を洗い出し、その反省のもとで全体的に構想する仕組みをつくることが今何より重要であり、その上で一定の時間をかけて各予算措置を見直すことが何より求められるところであります。また、この過程で研究現場の声を広く吸い上げ、政策に確実に反映させる制度の創設も必要です。拙速は科学技術の将来に取り返しのつかない国家的損失を招きます。
 何事も基盤をしっかり創ることの中からしか、世界先端レベルの成果を持続的に生むことは出来ません。トップの成果だけを求めて予算をつぎ込んでも次が育ちません。多様な基礎研究を涵養する先見性を持った政策の推進を期待します。そして、すべての戦いにおいて何よりの生命線は兵站です。科学技術推進における兵站は、人材の育成とリソースなどの研究支援基盤です。
 以下に基礎研究に特に重要と思われる科学研究費補助金、若手研究者育成、女性研究者支援、バイオリソースについて、我々の意見を述べます。

科学研究費補助金について
 本学会は本件に関して、分子生物学会、生化学会、植物学会等の8学会共同で声明(11月19日付;http://www.jsdb.jp/)を出しておりますが、まずこの声明が忖度されるよう要請します。また、研究費配分の行き過ぎた"選択と集中の論理"と "成果主義"の弊害についても、会長声明を出しております(10月3日付;http://www.jsdb.jp/)。
  多様な基礎研究はボトムアップ型研究で成り立っており、これを現に支えるものは科学研究費補助金(科研費)です。科研費は、ピアレビュー(peer review、研究者集団による検証、査読)制度による審査を通じて優れた研究や、挑戦的な学術的シーズを拾い上げることができる、今日世界的に共有されている公平な制度で、科学技術の推進はこのような審査制度の下にある科学研究費を基盤とする以外はありえません。かつて大学の基礎研究を下支えしていた運営費交付金が減少を続ける中、教育研究機関において基礎学術研究をサポートする唯一の研究費となっています。実際、「事業仕分け」の議論の中でも、科研費の拡充の必要性が指摘されています。
 一方、トップダウン型、大型重点研究は政策的なものであり、省庁の連携不足による内容の重複や特定の研究者への過大投資による無駄が指摘されています。この状況を生み出した責任は、大型重点研究の立案に関わった、またはこの状況を看過してきた我々研究者の側にもあります。従って、「事業仕分け」の評価結果にあるように、トップダウン・重点型研究、大型事業において、類似事業を整理し、法人などによる中抜きを廃止し、無駄を整理すべきです。また、重点的に推進すべき事業内容はその科学的意義を十分判断してトップダウンで決定されるものですが、実際にどの研究者がこれを担うかは完全な公募によって決定されるべきで、特定の研究者に配布されることを前提にした事業計画は禁止されるべきです。トップダウンの重点的事業が必要であるとは政策として当然ですが、重点は重点として厳密に実施し、その結果に対する責任も明確にすべきです。
 もちろん、科研費の制度自体も問題がないとは言えません。近年研究種目が増え、複雑になる傾向があります。研究費の繰越が許されたとはいえ、依然として残る予算の単年度主義は研究費の弾力的運用を妨げています。また、特定のプロジェクトやミッションを持つ研究組織から潤沢な研究費を受けている研究者が、制度上申請が可能であるという理由で、さらに科研費に応募する場合があります。限りある資源の中で、研究の多様性と裾野を維持するためにも、研究費を受ける研究者は一層の倫理観、責任感を持つべきです。
 以上の観点から、研究政策、研究費全体の見直しの中で、科研費の充実を強く訴えます。研究費を十分獲得している研究室にさらに1億円の支援をするより、400万円の研究費で25の研究室を支援することの方が、将来的には遥かに科学技術研究を推進します。現在科研費の採択率は20%を少し超えた状態です。特に年間200−600万円の科研費枠(基盤研究B、Cに相当)を充実したピアレビュー制度の下で拡充することを強く要望します。

若手研究者育成
 発生生物学会の約1500名の会員のうち大学院生と博士研究員(ポスドク)は40%以上(それぞれ20%)を占め、研究の実行に加え、論文執筆、発表に至るまでの高度な研究活動を行っております。彼らはこれからの学術研究のリーダーとなる人材、そして社会の様々な分野において科学技術の発展を牽引する人材でもあります。また大学生とは異なり、ポスドク、大学院生は指導を受けつつ科学研究をまさに主体的に遂行している存在であり、彼らの情熱ある研究活動と新しい発想は今日発表される研究成果の大きな部分を担っています。このような活動は、一般の会社で大学を卒業した若手社員が指導を受けつつ会社の任務を担うことと何ら変わるところは無く、その活動の質と年齢から考えても本来奨学金等としてではなく給与が支払われてもしかるべきところです。「事業仕分け」での議論にあるような、ポスドク、大学院生への支援を"生活保護とかセイフテイネット、雇用対策"と考えることは、ポスドク、大学院生の存在に対する根本的認識の誤りです。
 しかし現実には、ポスドク一万人計画に代表されるポスドクの増加策と大学でのアカデミックポスト減少の結果、優秀でも安定した職に就けない研究者が多く存在することも事実です。ポスドクは、科学技術研究以外の分野でも活躍できるポテンシャルがあり、これらの人材を政府や民間企業で有効に活用することは社会全体にとって多大な利益をもたらします。実際ポスドクを雇用した企業へのアンケートでは、彼らの評価は非常に高いものになっています。我々も大学院生、ポスドクを科学技術研究の専門家として訓練し、大学や研究所での研究活動に加えて多様なキャリアパスを提示する努力を始めているところです。このような状況を鑑み、「科学技術で世界をリードする国」を目指す施策として、大学院生とポスドクの支援を縮小させることなく継続、できれば発展させることを真剣に考えていくべきです。なにより大切なことは、ポスドク、大学院生の高度な能力を正しく評価し、彼らの抱く雇用への不安を解消し、科学技術研究への従事を魅力あるものにすることで、若者の理系離れを防ぐための方策を打ち出すことであると考えます。
 以上の観点から、少なくとも来年度の特別研究員事業は現状の維持を求めます。無論支援のあり方は当然再検討の余地が残っています。例えばDC 採用者(博士課程学生対象)には100万円程度の研究費が支給され、給与に加えて物品の購入が可能ですが、大学院生にこのような格差を導入することは望ましくなく、研究費配分は減らし、その分より多くの大学院生を採用すべきです。さらに将来的には、欧米ではすでに行われているように博士課程院生全員に基本的生活に必要な額の給与が支給されるよう改めるべきです。また、始まったばかりのテニュアトラック制度は運用に関して工夫の余地はあるものの、オープンな審査のもとで真に優れた人材を発掘し、次世代のリーダーとして養成する政策として有効に機能し始めていると認識しています。

女性研究者支援
 我が国の女性研究者比率は先進34カ国中で最下位の13%です。理系大学院生の中で女性の占める割合は25%、しかるにPI 研究者(principal investigator: 研究グループの長)の中での割合は低く、特に理工農系の女性教授の比率はたった2-4%です。また発生生物学会では学生会員女性比率が正会員女性比率の1.5倍というデータもあります。明らかに大学院生からポスドク、ポスドクからPI となる過程で、養成した多くの女性研究者が失われています。多様で優れた基礎研究は多様な研究者集団から生まれることを考えれば、これは大きな損失です。PI 採用に女性差別ということは少ない時代となりました。しかし、独立して研究を行うスタート時期はまさに出産、育児と重なる時期です。育児施設の充実化とともに、勤務体制の効率化などの課題を克服することなしに解決し得ない問題です。このように女性研究者が活躍できる環境を大学研究機関に整備するために、科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業は大変効果を上げていると聞いています。また、出産・育児の期間を過ごして復帰した女性研究者がすぐに競争的科研費を獲得することは困難で、たとえば学術振興会RPD制度のように、復帰後の一定期間、一定研究費を別枠で支援することは、過大な逆差別などではなく不可欠のことです。また、その後、女性研究者が継続的に研究を行いPIとなるためには、大学等に採用される必要がありますが、現状の少ない女性比率を少しでも改善するために、今年度から「女性研究者養成システム改革加速」事業がスタートしたということです。日本の法律では片方の性が極端に少ない職業の場合、その性を優先的に採用促進することが認められており、これは逆差別ということには当たらないと考えます。
 科学技術振興調整費「女性研究者支援システム改革加速」事業に対する評価コメントでは、女性研究者を支援する保育所等の環境整備については評価され、この事業の大学研究機関に対するインセンティブ効果が認められています。一方で、「女性研究者の伸びは必要なので、支援は重要だが、研究費をつけるという支援の仕方はいけない」というコメントがありました。しかし、この事業での研究費補助は少額のスタートアップ資金に限られており、「過大な補助金を与えるのは逆差別」ということにはあたりません。これらの人材育成関連事業は、すぐに効果が現れるものではなく、長い目で見た支援が必要となります。もちろん、最終的には各機関が独自に行うべき事項ではありますが、それら自主的取組みを促す効果は大きく、今後も一定期間の継続を求めます。

バイオリソース
 リソースは重要な研究支援基盤(兵站)です。我が国ではこの兵站領域が長くないがしろにされ、このことが我が国の科学技術基盤を欧米に比し脆弱なものとし、さらには、「ただのり論」の批判までありました。しかし、2002年に始まったバイオリソース整備事業(ナショナルバイオリソースプロジェクト:NBRP)等により、兵站整備が漸く始まったところでありました。今回の仕分け作業は理研バイオリソースセンター(BRC)について行われたものでありますが、コメントからはバイオリソース整備事業そのものの意義と性質が十分理解されていないと見受けられますので、その点に対して強く再考を求めます。
 様々な生物種の特性を利用することは研究を効率的に進めるとともに生物種の多様性を理解し生命進化と環境問題に取り組む鍵となります。発生生物学における研究もそのほとんどが生物材料を使用した実験にもとづいて展開されております。それらの生物材料や遺伝子(バイオリソース)をリソース整備の拠点を通じて入手し、一方で自ら創出した知的財産である成果を整備拠点に寄託することによってさらなる有効利用に貢献するという研究スタイルが、いまや国際的なコンセンサスとなっております。今日当然のごとく使用されているGFP(緑色蛍光タンパク質)で光る生物一つをとっても、個々の研究者が開発しなければならないとすれば何カ月も費やさねばならないものとなります。収集されているリソースは国内の研究者のサポートだけではなく日本発の研究資源を海外に向かって発信し、日本発の研究の国際的信用度を高めることに貢献しています。とりわけ、発生生物学会に大きなかかわりのあるマウス、ショウジョウバエ、メダカ、ホヤなどをはじめとするリソースはわが国の国際貢献度が著しいものです。それらの供給システムが継続できない事態に陥ることは、研究の大ブレーキになるのみでなく、国際的な競争力と信用を大きく失墜させることになると憂慮されます。
 もちろん配布に際して適正な価格が請求される事は当然でありますが、この負担金は各研究者の研究費から支出されており受益者負担を増すことが必ずしも国家としての収支をあげる事にはつながりません。研究リソースの収集、維持、供給を国際基準に基づいて国際的に行うことは、「科学技術で世界をリードする国」の義務と考えます。現状ではこのようなバイオリソース整備事業は研究業績としては考慮されていないことからも、公的資金の支援がないと継続が不可能となります。今後も研究基盤の整備に十分な理解をお願いいたします。