明日のために、その1--合同年会について

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明日のために、その1--合同年会について

明日のために、その1--合同年会について

明日のために、その1

今年の年会も2週間後に迫りました。今年は、細胞生物学会との合同年会です。そこで、若い会員の方々に発生生物学会と細胞生物学会の合同年会の歴史について解説しておきます。これらの歴史を知っておくと、神戸大会をより楽しむことができると思います。また、これからは若い諸君らが将来の学会を担うわけですから、どういう視点で合同年会をやっていくかを考える機会にしてください。

始まり

竹市雅俊会員が発生生物学会の会長、廣川信隆氏が細胞生物学会の会長だったときに、両会長から両学会で合同年会を開催しようということが提案され、春に開催していた発生生物学会と、秋に開催していた細胞生物学会を、2002年の春のほぼ同じ時期に、第1回の合同年会として開催することが決定されました。

第1回の合同年会、2002年 in 横浜

第1回は、それぞれの独自性を尊重することを基本に、シンポジウムの共催、ポスター発表の相互乗り入れができる形で開催されました。別々の学会が一部オーバーラップしたと思っていただければ良いと思います。手さぐりの合同年会だったと思います。発生生物学会側の大会委員長に指名された首都大学の八杉貞雄会員の心労はかなりのものだった察します。その後、運営委員会で、今後とも合同で開催するかが議論されましたが、ポジティブ、ネガティブの両方の意見が交錯する中、最終的に5年に一回くらいの割合で開催することで、さらなる様子をみる---という結論になりました。

第2回の合同年会、2007年 in 福岡

5年後の第2回めの合同年会では熊本大学の山村研一会員が発生生物学会の大会委員長に指名されました。山村氏は、合同年会の賛否両論のある中、今度は完全にミックスしてやってみて、やった上で両会員が議論するのが良いのではないか- -というポリシーを打ち出し、完全ミックスを目指した合同年会を企画しました。その結果、細胞生物学会がやっていた分野別でのワークショップ形式を踏襲することになり、細胞生物学会が分類していた分野に発生生物学会独自の分野を追加する形で合同年会が開催されました(それまでは発生生物学会には分野別という概念はなく、暗黙の了解というか意図的に仕切りは作らないというのがカルチャーだった)。そして、分野ごとに両学会から予定演者を指名するとともに、分野ごとに一般演題から口頭発表者を採択する形がとられました。学会後に両学会でアンケートがとられ(学会HPのアーカイブ参照http://www.jsdb.jp/news/etc/etc098.htm)、前回よりもポジティブな意見が多くみうけられるようになり(もちろん、合同を許さないという意見も投稿されている)、5年後に第3回めを継続してやることが決まりました。

第3回の合同年会、2012 in 神戸

そして、今月末に開催される3回めの合同年会では、さらなる融合が進み、両方の学会の大会委員長を高橋淑子会長に一本化し、組織委員会もほぼ一体化したもので運営するというポリシーで開催されます。年会としてはかなり大規模なものになっています。多くの会員が参加されることを期待しています。特に、若い会員には、将来の学会のあり方を考える上での試金石となりますので、積極的な参加を期待します。

解説

何事も一長一短であり、全会員が満足する大会などありえません。そこで、発生生物学会か取っていたポリシーは、大会委員長の個性に任せるといものでした。毎回同じパターンでやるのではなく、年会ごとに各委員長が個性を前面に出したユニークな企画・運営をやることで、いろいろな会員が楽しめるようにすることが学会としてのフェアな姿勢だという考えです。もちろん、毎年定番の年会を開いてこそフェアだという考え方もありますが(最近は均質を平等とする錯覚教育がされていますからね--)、個性を大切にする発生生物学会では、いろいろな個性が楽しめることをフェアとするポリシーがあります。そういった視点の上に合同年会も位置づけられています。すなわち、均質を求めるのではなく、新たな刺激を外との交流に求めてヘテローシスをかけているわけです。その点を理解した上で、神戸で新たな年会の楽しみ方を満喫してもらえればと思います。

(阿形清和 記)