学会批判に答える

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学会批判に答える

学会の掲示板に以下の文が投稿されました。シリアスな問題提起と思い、掲示板に回答するだけではなく、会員MLでも案内します。

まずは投稿文をお読みください。
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学会、合同年会シンポジウムスピーカーについて
沖縄大会のシンポジウムプログラムを拝見しました。
海外からの参加者を含めてシンポジウムの充実を図りoral presentation の機会が減って一般参加はポスター発表という流れは仕方が無いと思いますが、であればなおのことシンポジウムには必ず一定枠ショートトークで一般投稿からある数が選ばれるようにしないと会員にとって大会の意味が。。。と思います
5分でポスター紹介という時間があってもいいと思います。

また合同年会、相手からの希望もあることと思いますが、何回も選ばれている人が目立ちます。そんなに人材無い訳ではなく、また居るからこそ各国と合同年会となったのではないでしょうか。もっといろいろな人に機会を与えられないでしょうか。それとも合同年会と称してますが内々の関係でやってることなのでしょうか。
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まずは、小生の年頭挨拶を読み返してください、
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新会長の年頭の挨拶 
--発生生物学会は何をめざしているのか、会員は学会をどのように活かしていくのか--
(前文省略)-----
年会は国際シンポジウム化し、<個々の会員が自分の研究発表を通して、自分を磨く場としての学会>の存在価値は急速に薄まった。<先端の情報を得る場としての学会>へと質的転換していった。『話してナンボ』と思っている会員には少し不満の残る状態になっていると察する。(後文省略)
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まさに、ここで指摘した会員の不満が上で述べられているのだと思います。
そして、個々の会員が自分の研究を話す場を作っていく方向性を示すことが新会長の使命だと、就任の挨拶で述べていることを確認ください。
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(前文省略) -----
そこで、個々の会員が、学会が示している明解なビジョンを共有するとともに、学会としても個々の会員へもっと自分の研究を表現できる場を提供すること---の両方が重要となる。
(後文省略)
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解説1:学会の流れ

現在の学会の状況について、解説しておきます。浅島会長の時に国際発生生物学会のアンブレラ方式の傘下に日本発生生物学会に入り(学会として上納金を納めることで、日本発生生物学会の会員は全員、国際発生生物学会の会員にも自動的になる、履歴書などに学会活動を書く場合に、日本の学会に会費を納めていれば、日本発生生物学会会員、国際発生生物学会会員と明記して良い。小生が事務局幹事長の時に国際発生生物学会に初めて上納金を納めた学会として認定されました)、竹市会長の時にAPDBN(アジア・パシフィック発生生物学者ネットワーク)というものを竹市さんの私財を投げ打って組織し、単に傘下に入るだけではなく、積極的に日本の発生生物学会が世界に貢献する姿勢を打ち出したわけです。さらに、相澤会長になって、合同年会を申し入れて世界にうってでるという大胆な方針で世界戦略を開始しました。しかし、このドラスティックな変革が数々のコンフリクトを産んだことも確かで、このドラスティックな流れを止めることなく、このコンフリクトを解消していくことが、この1月から会長となった小生の使命と認識して、年頭挨拶文で小生のメッセージを送った次第です。しかし、短い文章の中で鋭く気持ちを表現できていなかったこと、今月末に開催される運営委員会の議論を経てからでないと学会の方針として会員に表明できないこと、すでに年会は既定路線で2年先まで準備が進んでいること、などがあり、会員に小生の意図が通じなかったものと察します。

解説2:改革段階の難しさ

現在は、このドラスティックな変革路線の途上にあると思います。最終的には、個々の会員が世界進出するというか、世界を土俵にすることが目標と思います。が、この1年間にやりすぎとも思う5回もの年会がありながら、話をしていない会員の方が圧倒的に多いという事実があります(2010/5月:日仏合同年会、2010/6月:日本京都年会、2010/8月日米合同年会、2011/3月:日独合同年会、2011/5月日本沖縄年会)。その結果、先の会員から指摘のあったように、<そんなに人材いないのか>という疑問がわくわけです。小生も同じ気持ちを抱いて、年頭文で同じ指摘をしたわけです。
しかし、立場かわって、合同年会を組織する側になって初めてわかったことも多々あります。2011/3月の日独の合同年会を例に話をしましょう。相澤前会長から、日独の合同年会の日本側の世話人を依頼され、2年前のドイツの年会に阿形・武田・丹羽で乗り込み、ドイツの総会で主旨説明、総会での承認を得ました(もちろん、反対票もたくさんありました)。その総会で次期会長がKnustに決まり、同時に次回の年会がドレスデンに決定します(ドイツは年会長=学会会長という簡単な構図でした)。直後にドレスデンに寄り、合同年会のアウトラインの決定を行い日本人講演枠10を確保しました。しかし、Knustとしても大会の成功が会長としての最大の責務ですので、総会での反対票もあったこともあり、ドイツからそっぽを向かれてないように、日本からのスピーカーに山中伸弥ほかビッグネームを要求するわけです。こちらとしては、過去の日仏・日米合同年会のスピーカーと重ならないように差配するのが精一杯となります。上野さんから、もっと若手をと、苦言を言われても----。小生も秋の若手シンポにも出て若手の検索かけていたわけですが、こちらの気持ちと先方に温度差があることは確かでした。どこの合同学会も一度めは疑心暗鬼であり、<一度めは合同年会の良さ>をアピールし、<2度目に若手を仕掛ける>---そういう<仕込み>の哲学が必要と思いました。今度の運営委員会では、合同年会は一度限りでは意味がなく、2回目以降も見据えた長期戦略を展開するよう提言するつもりです。

結語

年頭挨拶で述べたように、会員に自分の研究を紹介して議論する機会を与えることが学会の原点と思っています。学会の目指すところは、個々の発表を土台として、それを英語でやりながらも、昔に日本語でやっていたような活発な討論ができるようにすることです。現在は、そのための途上段階であり、年頭挨拶で述べたように、学会もできるだけ個々の会員にトークの機会を与えるように努力するとともに、また、個々の会員にも途中段階を乗り切る覚悟をお願いする次第です。今までの運営委員会も、途上段階で犠牲になった側面を補填するために、若手の夏の発表会や、若手/中堅の秋のシンポを開催してきたわけです。来年の神戸での細胞生物学会との合同年会の大会委員長の高橋淑子さんには、個々の会員がトークする機会をできるだけ増やすよう要請しています(沖縄大会はすでにフィックスされていた)。その次ぎの年会では、英語でありながらも、個々の会員のトークを土台とした年会に是非ともチャレンジしたいものです。

参考

2005年に京大に移ってから、学会の英語化の流れに呼応するよう、2年目から研究室のセミナーを英語でやることに踏み切りました。英語で行うようになった翌年に、質問がしにくいのでやはり日本語に戻して欲しいという要望があがりましたが、日本語でやっても質問がなかったじゃないかと突っぱねて、英語で継続することを宣言しました。しかし、一方で学生の気持ちもわかるので、別途に日本語のセミナーを平行して走らせることを決めました。名称は<裏ゼミ>とし、あくまでも英語のものに<公式ゼミ>というステータスを与えました。まるまる5年間、学部生も含めて<公式ゼミ>は英語でやり続けています。学生には苦痛と思いますが、われわれのように年とってから英語の苦痛を抱くより(小生は、留学経験がなく英語がトラウマとなっている)、苦痛は若いときに乗り越える方が良いというのが小生の意見です。